ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅢ   【 記憶 】2


 何年がたっただろう。
少女は、そろそろ娘と呼んでも良さそうなころまでに、成長していた。

「ケルシュ」

 里の法衣を着こなし、その綺麗な銀髪を後ろに流す彼女は、母によく似て、目立つほどに美少女だった。
「どうされましたか?」
 昔よりは少し歳を重ねたケルシュは、少女の声に反応。
が、少女は先に膨れ面をする――これだけは昔から変わらない。
「お願いだから、敬語使うの、やめてよ。他人行儀みたいでなんか嫌」
「他人であることは変わりません」
「そうじゃなくて」
 なおも反論したかったが、言っても無駄なことは分かっていた。
小さなころは知らなくて当然だった。だが、今はしっかりと知らされる。
そう、所詮は他人、それ以前に、主の孫と、従者なのだ。その身分の差を、物語っているのだ。
(でも、だからって)
 少女は膨れ面を解かず、思った。
(……遠慮されてるみたいで、居心地悪くなるのに)
 少女が黙ってしまったのを見て、ケルシュは「ご用件は?」とさっさと話題を変えてしまった。
このあたり、彼のほうが何枚も上である。
「……ラスタバの所へ行ってくる。困っているらしいの。ちょっと長くなるかも」
「ラスタバの……くれぐれも、お気を付けて」
「大丈夫よ」少女は笑った。「息子は無視するわ」



 少女は長い階段を下り、会う人々に挨拶をした。
元気かい? えぇ、そちらは? いつもの通りだ。相変わらず別嬪さんだね。いえ、そんな。
照れることはない、うちの嫁とは大違いだ。あら、何か言いました? え、いや別になんでも、ははは……
 いつもの調子。いつもの日常。少女は、里が大好きだった。
この里以外にも様々な国や町があることは知っていた。だが、彼女はこの里を出る気はなかった。
 民たちに一礼し、少女は再び、歩き出す。
ここをまっすぐ進み、右へ曲がって、橋を渡って、階段を上がり、階段を上がり、階段を上がり、
一息ついた先にその家はあるはずだった。
――が。二つ目の階段を上がる前に、少女は聞き覚えのある声に呼ばれた。

“ ―大丈夫よ、息子は無視するわ― ”

 その声の主こそ、ラスタバの息子。

「ディア」
 ディスティアム、通称ディアだった。



「お前、親父に呼ばれたんだって?」
「そうだけど」
「行かなくたっていいぜ、どうせ山の開通の相談なんだからよ」
 ディアは里の者にしては珍しく、やや乱暴な言葉遣いをする少年だった。そして、少女と同年代でもある。
それでもやはり生まれが違いすぎるため、言葉を交わすようになったのはまだつい最近の話である。
「開通なら、なおさら行く。これなら上に住む人たちの移動が楽になるもの」
 里は二つの崖の上にある。行き来する方法は、下のほうに一本だけある石橋のみだった。
崖の上に住む者には、不便と言えば不便なのだ。だから、里の上の方にある崖を開通しないかと、
魔術師の代表に当たるラスタバはよくシェルラディスに相談していたのだ。
シェルラディスが今日は修道院の総会に出ているため、
このとき里長の代わりを務めるのが既に少女の役目だった。
「どうせ上が通れるようになれば、ケルシュに会いに行くのが楽になるからだろ」
「ディア」
 小さく、非難の目を向ける。が、よくよく見れば、痛いところを突かれて慌ててもいた。
「そりゃそーだよな、今更住み込みなんてできねぇよな。あっちから家に来ることはあっても、
こっちからはそんなローブじゃ行くのが大変すぎる。実際」
 ディアは意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「さっき階段で、つまずいたろ」
「ディアっ!」
 気が付いたら、少女は少年の頬をひっぱたいていた。右手が赤くなり、熱くなり、少女は慌てた。
左頬にもみじを浮かび上がらせ、少年は呆けたような顔をした。
「ご……ごめん」少女は視線を落とした。「つい、かっとなって」
「かっとなったらぶん殴る性格かよ」ディアは舌打ちし、踵を返した。
彼の顔が、悔しそうに、哀しそうになっていたことを、少女は知らなかった。



「顧慮する誠心に、拝謝を。……本来ならこちらから出向かわねばならぬところを、かたじけない」
 古めかしい挨拶に挨拶を交わし、少女はいたわるように笑った。
「ラスタバ、足の様子は?」
「これこの通り――もう動けなくなりつつある」
「そう」少女は考え込んだ。父が若くして足を痛めているのに、あの息子の自由奔放っぷりと言ったら――
少女の無表情を、だがそこに見え隠れする呆れの表情を読み取ったラスタバは、
訊くまでもないことをあえて問う。
「……うちのせがれに会わなかったか?」
 ラスタバは質素な魔術師の法衣を肩に乗せて、少女に問うた。
「会いました」答える。「でも、相変わらずで」
「困ったもんだな」ラスタバは嘆息した。
「及ばずながらも頂いたこの身分を、せがれは我がもののように扱っておる。
……いやはや、困ったもんだ」
「……」少女は黙った。知っていた。彼は、ディアは少女のことが好きなのだ。だが、少年であるがゆえに
まだ素直になれず、関わろうとしては失敗し、少女からの評価を下げていることに気付いていない。
「……いや、すまん。……ところで話は聞いたやも知れぬが」
     ……
 いわゆるドラ息子の話を早々に打ち切り、ラスタバは開通作業についての説明を始めた。