ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅣ 【 僧侶 】
かつて、アルカニア、と呼ばれる街があった。
場所は現在のビタリ海岸の高台の上、ビタリ山の東の断崖絶壁にたった他との交流が一切ない街であった。
だが、その街は、魔法によって栄えていた。魔法によって作られた崖下への移動手段――
俗にいうエレベーター、というものを使い(円盤に乗り、上下を移動する仕組みだった)、人々は水を得た。
その魔力で火を起こし、光をつくり、生活をしていた。
そう――いわば、魔法都市。
ここはとある有名な二つの魔法組織の本部が構えてあった。
一つは、その知識で魔術を操り、生活から護衛まで幅広くその力を発揮する魔法組織。
聖魔術師_ホーリーウィザード_・センディアスラを頂点とする、『魔術団アーヴェイ』。
もう一つは、その精神で癒しを施し、傷の治療だけでなく人の寿命まで研究を続ける魔法組織。
法王・ルヴァルディスタを頂点とする、『僧侶団マーティル』。
――……僧侶マイレナの所属する、団体である。
「……む。ぐぅ……・・ふむぐぐぐ」
初めて聞く人だったらまずそのうち全員が何の音だと考えるだろうが、この音――否、声は、いびきである。
真横から日差しがまぶしく射し、その顔を容赦なく照らしているのに、一向に起きる気配のない姉を、
妹・ルィシアは冷めた目つきで眺めていた。
じりじりじり、と耳元のベルを鳴らす。起きない。鳴らす。鳴らし続ける。じりじりじりじり。
起きない。鳴らす。じりじりじりじりじり。近所迷惑になり始める。鳴らす。じりじりじりじ
「起きんかいっ!!」
遂に折れて、というかキレて、横を向いて寝ているために上になった脇腹に両手チョップを叩きいれる。
ほぎゃー、とベル以上に近所迷惑な大声を上げて姉・マイレナは起きた。
「わ、ルイ、何でここに」
「自分の家ですから」
「あーそっか」
納得するのかよ。
言うだけ言ってまたふらふらぽてんと寝そうになるマイレナを、今度は殴って止めるルィシア。
「遅刻する新人なんて即首飛ぶよ。いくら頭いいからって」
「なー……? ……今何時!?」
「紅玉と橄欖の間――よりちょっと過ぎたあたり(7時半過ぎ)」
いきなりガバリと起きるマイレナ。「さんくすルイ、助かったぁ!」
危ない危ない、今から準備すれば何とか間に合う!
こんな時間に起こしてくれるなんて本当に良くできた妹だ。なんせ物語のよくある話では大抵、
親族や友人は遅い時間にしか起こしてくれなくて、主人公が「遅刻だー!」って叫んで痛い目に遭うじゃないか。
瞬時にして起き上がり支度を始めた姉を見てルィシアは、呆れかえりながら床に落とされた布団を拾い上げた。
僧侶団マーティルの入団試験が行われたのはつい八日前。
合格発表があったのは一昨日で、出勤は今日からである。
一昨日渡された法衣を身に纏う。新人の証。大抵の者には絹のローブが与えられるが、
入団試験上位通過の者にはそれより少々上等なものが与えられる。マイレナは二位通過で、纏うのは
ヒュプノスガウンと呼ばれる眠りの神を冠した法衣である。
二人暮らしゆえに、行ってきますの言葉をルィシアだけにかけ、マイレナは外へ出た。
今日も魔法都市は活気がある。
おはよう諸君今日から君たちは誇り高き聖者マーティル様に仕え法王ルヴァルディスタ様の下で
聖職に就く素晴らしき僧侶たちださぁこれより僧侶団についてをうんたらかんたら、うんぬんかんぬん、
聴いていてうんざりするほど長ったらしい司祭の言葉をマイレナはほぼ聞き流していた。
隣の娘はかなり真剣に聞いている。頷いてさえいる。勉強熱心なこってと、肩をすくめる思いだった。
だらだらとした話が終わり、組織内部の案内に入った。上位から二十人ずつ五つの集団に分かれる。
そうか、合格したのは百人程度か――そうちらりと思って、マイレナは案内について行った。
***
「ここが精神統一の場、己の精神力を磨くためにうんぬん、ここが治療室、怪我を負った人をかんぬん、
そしてこちらが、だらだらだら……」
こいつの説明は何故こんなに長い。
マイレナはげんなりしながらついて行った。だが、流石は20位以内、殆ど皆熱心に話を聞いている。
先程隣にいた娘は本当に張り切っている。聞けば彼女が今回の入団試験のトップらしい。
「そしてこの先が上位僧たちの部屋なのだが、君たちはまだ入れない。そしてそれより先の先、この組織の
最上階にいらっしゃるのが法王ルヴァルディスタ様。……では諸君、ルヴァルディスタ様の本名は?」
一瞬、空気が揺れた。試験に出る範囲では法王の名はルヴァルディスタ・ルーウィとされているが、
正式にはもっと長いということは大抵の人に知られている。
ルヴァルディスタ・シュアティ・ラムス・テスカナ・ルーウィ、それが法王の本名だ。
だが、そこまで覚える人はあまりいないらしい。分かる人、と言われ、手を上げたのは三人。
トップの少女と五位の少年、そして不承不承ながらもマイレナ。
少年に答えを要求した司祭は、彼の完璧な答えに満足げに頷いた。
「では、関係はないが――[あちらの]、魔術団アーヴェイの頂点の正式な名前はわかるかい?」
今度ばかりはこの二人も黙った。えー何それさすがにそんなの知らないよ。分かるわけないじゃない。
そんな会話すら聞き流しながら、マイレナは必死にあくびを噛み殺していた――が、司祭にはバレバレだったらしい。
「君、ちょっとたるんでいるのではないかね? ……答えてみなさい」
でた、と、マイレナは思った。
態度の悪い生徒に難問を押し付け、解けないのを見てほら見たことかという表情をする。優越感に浸る教師。
ここは学校じゃない。そしてマイレナは、生徒でもない。
「ほら――やはり答えられないだろう」
思った通りの反応をする司祭を前に――ちょっぴり小馬鹿にしたような表情で、言って見せた。
「……センディアスラ・ガウス・ファルシ・テスカナ・フィージャー。テスカナの名で分かるように
法王[様]の血縁関係に当たり、昔から双方の相性は悪く、現在もそれは同様であり、
互いに住民の支持を集めようとして組織の本拠地の様子もどんどん良くなり、
今や魔法組織は入団試験を行い優秀な人材のみを集めるエリート職になった――」
すらすらと、訊ねたこと以外のことまで言い切ってしまったマイレナに、周りは思わず唖然として時を止める。
そんな空気を解凍するかのごとく、マイレナは同じ表情で言う――
「これで満足ですか?」
「姉さん、一体何やったわけ?」
同日、後 翠玉_エメラルド_の刻を少し過ぎたあたり――
家に帰ってきたマイレナに開口一番、ルィシアはそう言った。
「何が? ――ただいまルィシア」
「そのままの意味よ。――お帰り姉さん」
テーブルの洋灯に火を灯し、出来上がった少なめの料理を並べてマイレナを見る。
「なんかすごい噂になっていたんだけど」
「……なんて?」
「色々。凄い頭いい人が来たー、とか、司祭を唸らせた新人がいるー、とか、
なんか魔術団と僧侶団の架け橋になるんじゃないかー、とまで言われてたんだけど……何やったの? 一体」
「いや別に何も――」
何じゃそりゃ、てか架け橋て、と反論しようとして――思い当たる。あさっての方向を見た。
「……やったのね?」
「…………はい」
「な、に、を?」
妹の厳しい目。この表情になるとはぐらかせない。下手に言い繕うとすぐさまレイピアの餌食になる。
鍛錬用なのでもちろんさして危険ではないが、好んで痛い目に遭おうとも思わない。
……剣術に長けた妹をもつというのも考えものだ。
「……単に質問に答えただけだよ、魔術団の頂点を答えろって言うから」
「それだけじゃないでしょ」
「……えーと。ついでに昔っから相性悪いことを指摘しました」
「……で?」
まだ聞くのか。
「……司祭殿が凍りついた」
「解凍させた後は」
まだ聞くか。てか解凍させた後って。
「……爆笑されてこりゃあ面白い奴が来たって言われた」
「……そーゆーこと。得心いったわ」
解放された。やれやれとマイレナは肩をおろす。
「あぁ、あと――」まだあるのか。「ひとりじゃ『爆笑』って言わないってことはわかってるわよね?」
「……分かってるよ?」だけど仮にも上位の人指して『馬鹿笑いしていた』とは言えないだろう。

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