ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――4―― page3


 いきなり攻撃を始めたルィシアにマルヴィナは驚愕し、隼の剣を抜きなおす。
押され気味に一瞬、剣と剣が激突し、マルヴィナはそれを上にはじきルィシアは舌打ちした。
マルヴィナはルィシアの連続攻撃を何とかかわしながら、叫ぶ――
「何故この位置が分かった、ルィシア!」
「聞くこと!? 目をつけられているあんたたちの居場所なんか、すぐに分かること!」
「どうだか!」
 マルヴィナは最後の攻撃も躱し切り、反撃を開始する。相手の懐に入り、薙ぐ。
「そう――そういえば、あんたが拾ったもの、返してもらいましょうか!?」
「何のことだ!」
 ルィシアは余裕をもってそれを躱す、が、すぐさま繰り出されたもう一撃に、顔をしかめて飛びのいた。
マルヴィナはお返しとばかりに剣を振りかぶり、ルィシアを狙う。
「とぼける気、エルシオンで拾ったはずよ――あたしのピアスをね!」
 ぴたり。静止の音をあらわすなら、この言葉だろうか。
それほどいきなり、マルヴィナはその手を止めた。
ルィシアはそれに少し驚愕し、だがそのまま斬りかかろうとして――……。



「発信機?」



 マルヴィナの言葉に、思わず動きを止めた。
マルヴィナはその隙を見逃さない、風に乗る、そして、一気にルィシアの眼先へ、そのまま――

「!?」

 背後を、とった。

 腕に一閃、怯むルィシア、その腕をマルヴィナはそのままねじ伏せる!
「ここまでだっ!!」
 マルヴィナの叫び声が響いた。ルィシアは腕の痛みに呻く間もなく、自分を怯ませたマルヴィナの言葉を復唱した。
「発信機――何故お前がその名を知っている!?」
 発信機――取り付けた者の行方を知るその小型機械は、ガナン帝国のみが厳密に開発し続けたものである。
それ故に、そんなものがあることは、誰も知らない――そう、キルガでさえ。
 なのに、彼女は。

「知らないが、知っている! そうか、あのピアスには発信機がついていたんだな? だからわたしの場所が分かったんだ」
 ルィシアは答えない、だがねじ伏せられながらも変わらないその屈辱に燃えたような眸を見て、
その仮説が間違っていないことを確信した。
「そして、それをいまさら返せと言うことは――もうわたしたちの行動パターンは、帝国には筒抜けってことか。
……ならば、遠慮はしない」

 マルヴィナはつかむ腕に力を加え、緊張と気の昂りを募らせて、抑えるように鋭く言った。

「わたしらを帝国へ連れていけ。その皇帝とやらに、直々に合わせてもらう!」

 本当は、『霊を蘇らせるもの』に会わせてもらいたかった、だが今は、
ハイリーの命を終わらせたその者に会いたかった。
……彼女は既に、冷静ではなかった。
ルィシアはそれが分かっていたのだろうか。緊迫した表情の三人を一瞥、そして――笑った。
「……悪いわね。――断るわ!!」
「なっ!?」
 掴んでいた右腕を、逆に掴まれた。マルヴィナは驚き、その後その意味を察したのか、顔をさっと蒼白にさせた。
ルィシアは強引にその腕をいきなり前に引き、マルヴィナを横に引き寄せ、その手を空いた左手でつかむと、
そのまま一気に前へ払った。少女らしからぬ怪力、その反撃。マルヴィナを地面に叩きつける。
「がっ!!」
「マルヴィナっ!」
 二人の勢いに圧倒されて動けなかった仲間たちが、ようやく駆け寄る。
完璧な早業だった。ルィシアは腕を抑え、息を吐きながら、後退する。
「は……っ、面白い。“天性の剣姫”、次はお互いもっとましな技術で闘おうか。
――この借りは、返すわよ」
 一つ咳をして、ルィシアは一つの羽を放り投げた。
キルガとセリアスが逃がすまいと追おうとしたときは、既にルィシアの姿は消えていた……。


   ***


 この大地においての人を葬る方法は、土だとキルガは言った。
四人はハイリーを埋葬し、そして、静かに祈った。最後まで弟を思い続けた、ひとりの女性に。
「……あなたがどんな辛い人生を歩んだのかは、わたしは知らない。
でも……せめてこれからは、あなたの魂が安らかに眠れますように」
 祈り終え、マルヴィナは悲しげに、名残惜しげに、その盛り上がった土を見る。
……ごめん。彼女の唇は、その言葉を紡いだ。
その言葉は、ハイリーの最期の言葉と同じだったということに、マルヴィナは気づいているだろうか。

 そのまま四人は、竜の門に移動した。
「ここで矢を放てば……ドミールに行けるんだな」
「あぁ。……で、誰がうつ? 俺プレッシャーに弱いぞ」
「……僕も控えさせてもらいたい」
「情けないわね男ども。マルヴィナ、どうする?」
「そりゃ弓使いのシェナだろ」
「マルヴィナ然闘士でしょ? 器用さは確実に上だと思うけど」
「なんだかんだ言ってシェナも控えたいのか?」
「…………・・。撃ってくれます? マルちゃん」
「だから誰がマルちゃんだ――キルガぁ?」
 思わずくつくつと堪えるように笑っていたキルガは、マルヴィナの表情を見て、「笑った」と言った。
「……え」言われて、気付く。自分の表情は、和らいでいた。
「気持ちは分かる。その思いは、受け止めて、忘れないようにしなければならない。
……けれど、それでマルヴィナが暗くなることなんて、ハイリーさんは望んでいないはずだ」
 キルガは言って、セリアスに目くばせした。セリアスは何? と言いたげにきょとんとし――その言葉が以前、
自分がキルガに言ったものと似ていることに気付いた。
 分かってんじゃん。セリアスはにやりと笑い、キルガではなくマルヴィナに拳を突きだして見せた。
シェナも笑っている。皆穏やかな、けれど静かに決意した笑み。
「……うん。そう、だね」
 マルヴィナは右手をぎゅっと握りしめ、胸に当てた。目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。
「……よし。撃とう」
「よっしゃあ!」セリアスがマルヴィナを肘でつつき、頷いた。
 マルヴィナは息を吐き、崖の前に立つ。光の矢が輝いている!
マルヴィナは、身体の底が燃え上がるような、不思議な感触を覚えた――

矢をつがえ、弦を引く。射抜く先は天、晴れ渡った空。

 緊張の一瞬――


 マルヴィナの手が、矢から離れる!!

 黄金の輝きを伴って矢は空を切り裂き、その輝きは架け橋となる。
今ここに、底なし崖への路が現れた。
「すっ、げぇ」
「……同文」
 セリアスと、キルガ。シェナは心なしか、顔を強張らせた。
マルヴィナは放心したように天を見上げていたが、やがてはっとしたように手元を見る。
役目を終えた弓矢は、満足げに――というと少々おかしいが、そう見えるほどあっさりと、静かに消えてゆく。
完全に消える前に、マルヴィナは、ありがと、と呟いた。
「……さぁ、新天地だ」
「……あぁ」
「っしゃあ!」
「………………………………えぇ」
 緊張気に――でも果たしてこのまま乗って大丈夫だろうか? と思いつつも四人横に一列に並ぶ。

「おい、何事だー!?」

 その時、聞き覚えのある声がして、マルヴィナは振り返った。