ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――3―― page1


 ――歴史は繰り返す。
あながち、それは、迷信ではないのかもしれない。


―――はいおはよう、敵襲だ! 起きろマルヴィナ! はい起きろ! 起きろー! 仕方ないここは 闇固呪文_ドルマ_ を

「起きています! 起きています! はい起きています! チェルス……?」
 大事なことなので三回言いました――のギャグはマルヴィナは知らないが。
 どうやら、何某かの力を働かせて頭の中に話しかけてきたらしい。本当に一体、何者なんだ。
いやそれより、そうそれより。

 ……何故闇固呪文系恐怖症と知っている!!?

「……? ……えっと、チェルス?」
―――あーやっと起きたねマルヴィナ。今すぐ準備して外に出ろ。ついでに仲間も起こしな。……襲うなよ
「……っ誰が襲うかぁぁぁぁぁっ!!」
―――うわ耳、耳ちぎれる。きーんってするきーんって。あーもう早くする!
 朝っぱらから何つー冗談を、と憤慨しつつマルヴィナはキルガを呼ぶ。
彼は起きていた、が問題はセリアス。

「がー」

 ……やはり寝ていた。
「起きろ! 起きろ! 起きろ! 起きろ! 起きろ! セリアス! 起きろ! 起きろ! 起きろ! 敵襲だ! 起きろ!
起きろ! 起きろ! 起きろ! 起きろ!」
 目覚まし時計顔負けの勢いで叫ぶマルヴィナ。が、セリアスはしつこく寝返りを打つのみ。
計三十回「起きろ!」と言った挙句、マルヴィナは気疲れして一息。
これはかつてないほど寝起きが悪いのではないか。
セリアス起こしの名人キルガは(本人はその呼ばれ名に若干眉をひそめていた)既に外。
「起きろセリアス! 敵襲だぞ! あぁもう起きろ!!」
 それでも反応なし。マルヴィナの堪忍袋の緒が千切れかける。
 マルヴィナは悪ーい黒ーい笑顔になり、剣を鞘ごと抜く。
(……あぁもう知らん)
 傍目から見れば可愛いとも言えなくはない笑顔のまま――マルヴィナは剣の鞘でセリアスの頭をブッ叩いた。
 奇妙な絶叫が響いた。



 マルヴィナは階段を使わず、そのまま二階の窓から地上へ飛び降りる。
ざっ、と土を踏みしめ、着地。
彼女が最初に見たのは、多すぎる紅鎧と、ドミールの民たち、 獄雷爆_ジゴ・スパーク_ を発動させるキルガ、そして、
見たことのない大剣を振るうチェルスの姿だった。
「ようやく来たか……いったい何やっていたんだか」
「とりあえずわたしのせいじゃないことは理解してもらいたい!」
「セリアスか」発動させ、息を吐くキルガが言った。「何回?」
「三十二」
「過去最高だ」
 キルガは真剣な顔のまま言う。その割に交わされている言葉はどうでもいいものなのだが。
「状況は?」
 隼の剣を構え、腰を落とし、マルヴィナはキルガに問う。キルガは敵と距離をとって答えた。
「彼女――あの人から聞いた情報ではあるが」あの人、とはチェルスだ。
「当初の兵士の数はざっと見積もって二十、どうやら兜の下は魔物らしい……元は人間だとか言っていたが、
うまくは聞き取れなかった。今は半分斃したが、殆どはあの人によるものだ」
「殆ど……?」
「あぁ」キルガは突進してきた兵士を眼光鋭く睨み付け、槍を振り相対する。マルヴィナも続いた。
「この里の人か? ……なんか、違うように思えるんだが――」
 それに、と思う。
それに――二度、驚いた。
一度目は、彼女を見た瞬間に。二度目は、そこで驚いた、自分自身に。
 そう、また、思った。
――懐かしいと。

「あぁ、違うよ」
 マルヴィナは気合を込めて魔物を一閃、剣を横に振って答えた。
ようやく準備を整えたセリアスが扉を開けて走ってくる。
そして、同じように――チェルスを、驚いたように見る。
伝えるべき者たちが揃って、マルヴィナはにやりと笑うと――その動きを止めぬまま、言った。



「彼女が、わたしの『記憶の先祖』――“蒼穹嚆矢”チェルスだ」



 時を止めて思わず驚愕に叫んだキルガとセリアスに襲い掛かった魔物まで斃す羽目に遭った。




「はっ、大したことないな。その腕でわたしを狙おうなんざ三千年早いんだよ!」
 にやりと笑い――だがその瞬間、チェルスははっとして鋭く眼を空へ移した。険しい、顔で。
眼を見開く。ひゅっと、息を吸い込んだ。何かが、来る。この気は、知っている、これは、―――――――!!
「っ!!」
 マルヴィナが、視線を転じた。マルヴィナだけでない。キルガもセリアスも、戦う里の民たちも。
空に、紅が生じる。一つではない。複数だ。
そのうちの一つ、少々黒みがかったその鎧、艶めく羽と共に降りかかってきたその剣が過たずマルヴィナを狙う!!

「マルヴィナっ!!」
「だっ!!」

 マルヴィナは歯を食いしばり、咄嗟に前に跳び来んでそのまま転がった。
ワンピースの裾が翻ったが、この際恰好など気にしなかった。
膝をついたまま、剣を杖に必要以上に転がるのを防ぐ。キッと前を見据える。

「流石――不意打ちは、通用せずか」

 剣を地面に突き立てたまま、兜の下から聞こえた声は、女のもの。

 十二の魔物を従えて。
 空より獲物を狙い定め。
 紅き鎧に身を包む女剣士。
 今最も警戒すべき帝国の者。

「……ルィシア……!」

 再びマルヴィナの前に、現れた。
その兜を無造作に放り投げ、魔剣士ルィシアは変わらず、冷たく笑う。


   ***


 当初いた魔物どもは残さず撃退した。
だが――新たに現れた敵。
分かる。兜の下には、魔物の顔。

 魔物を従える騎士。

 静かというには緩すぎる緊張感が漂う。
まるで、氷の中。
冷たい、冷たい張りつめた空間。

「久しぶりでは、ないわね」
「あぁ」
 互いに値踏みするように視線を交わし合う、二人の剣士。
ルィシアの眼が、もう一人の剣士に向いた。
「けれどこちらは――『お久しぶりです』――“蒼穹嚆矢”殿」
「……あぁ、久しぶりだ。……随分目つきが悪くなったな」
「帝国に居りますゆえ」ルィシアは嗤った。「昔とは違います」
「え? ……え」
 マルヴィナはその会話の意味が分からなくて、訝しげに二人を見比べた。
「どういう――」視線を逸らしたのがまずかった。
ルィシアは瞬時にして間合いを詰め、マルヴィナの眼先を薙いだ。レイピアじゃない。
今度は、両刃の剣だ。
再び不意を打たれ、マルヴィナは後ろにかろうじて跳躍。姿勢を低くする。頬が切れていた。
ルィシアは剣を振り、そして――マルヴィナに向かって、真っ直ぐに突きつけた。
「――追い詰めた。まさかこんな早く再戦を迎えるとは思わなかったけどね――
今ここで、あたしと戦う事ね、“天性の剣姫”」
「かっ」マルヴィナは喉が渇いていることに気付き――それに腹立たしさを覚えながら――言う。
「勝手なこと、言わないでくれる!?」
「従え、マルヴィナ」
 その言葉をさえぎったのは、他でもないチェルスだ。
驚いて、今度はルィシアから目をそらさず、説明を要求した。
「あんたがそいつを引き付けろ。じゃないと――形勢が崩れる」
 言葉の意味が分かった。
現在のルィシアのポジションはこちらで言うチェルス、団体戦にて個人技を発揮し、次々と敵を殲滅する者。
誰かが引き付けておかねば、こちらの戦士が一気に減ってしまう――そう言っているのだ。
「心配無用――あんたはそう簡単に殺られない。なんせ――」
 断言する、その理由は。

「わたしの『子孫』だからなッ!!」

 めちゃくちゃだ。マルヴィナは呆れながらも、頷いた。
やってやる。いずれ、剣を交わらせねばならなかった者だ。
 ……いずれなら、今だってかまわない。
マルヴィナは己の剣を見た。一対一には向いていない。ならば――
 後ずさる、しゃがみこむ。視線はつないだまま。右手を後ろへ、そして――掴む。

 敵国の剣を、その手に。
右へ、左へ。強く重く振り、馴染ませる。がっしと握り、同じように相手に突き付けた。
「では、他の方には、暇を潰していただきましょうか――」
 ルィシアの鋭い合図、動き出す十二の魔物。
キルガが、セリアスが、里の者たちが、再び顔を険しくするその場で、ただ一人、チェルスは凶悪に笑う。
「さぁ、再戦だ」
 独特な、危険な生気を漂わせて、唱える――
「面を上げろ、武器をかざせ――戦闘開始!!」

 互いが吠えた。




「……魔帝国騎士、“漆黒の妖剣”ルィシア・ローリアス」
「…………」マルヴィナは一瞬考え――だが、堂々と、言った。「天界の民、“天性の剣姫”マルヴィナ」
 ルィシアが少しだけ、眉をひそめた。だが、それは一瞬。
 決定的な相手の発言に、マルヴィナは一瞬戸惑った、だがそれは一瞬。



 ――踏み込んだのは、ほぼ同時だった。