ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅠ 予感 】――4―― page2


 マイレナの表情がようやく、当初のものとなる。
『ごめ。話戻すか。……んとね……とりあえず、落ち着いて聞きなよ。
……マルヴィナが天使界から落ちた時、嫌な波動が襲ってきたっしょ』
 マイレナは一度ふっと天を仰ぐと、そのまま唇をほぼ動かさずに、早口に言った。

『……あれを放った者と、霊を甦らせている者は、同一人物だよ』



 雷が身体を走ったようだった。目は見開き、足はすくむ。
「………………ぅ」
 嘘だろ――思わず、言いかけた。もちろんこの状況で嘘をつかれたはずがないということは、分かっている。
だが、そう言いたくなるほどに、衝撃的過ぎたのだ。
 もう、何年前になる? ……天使たちの笑顔が、喜びが、ただその一撃で砕かれたあの瞬間。
あれで、どれだけの天使たちが行方不明になったのだろう――

「………………?」

 ふと、とある疑問が頭をかすめた。
だが、マイレナは、そのまま話を続ける。
『……正体は、今は知っちゃいけない。だけど――いつか知ることになる。
ただ、これだけは言っておくよ。……そいつは、マルヴィナに、深く関係している』
「なっ!!?」驚いてばかりだ。「わたしに……? どういう事なんだ、わたしに関係するって、一体何なんだよ」
『それは』マイレナは一度言葉を切る。
『ウチが言ったら、とんでもないことになる。……それは、自分で探り、自分で見つけること。
人から聞いたことは信じられなくなるところがある。でも。自分で見つけたことは、どんなに信じがたくても、
それが真実だってことで、信じなければならないからね』
 マイレナの少し難しい話に、マルヴィナは少なからず驚いた。そして、思う――この人は、本当に賢者なんだと。
『まぁ、まずは天の箱舟に戻りな。果実は、そろったんだからさ』
「……………………・。本当に、分かるのか? いつか……それは近いのか?」
『わかるよ。遠いか近いかは……あんた次第かな』
 そういうなり、マイレナは少し消えかかる。……だが、彼女は。完全に消える前に――こういった。


『それに、どうせ戻れないから』――マルヴィナには、聞こえない声で。





 翌朝――
マルヴィナはセントシュタイン城に赴き、リッカと久々に会話した。もしかしたら、もう会えなくなるかもしれない。
だが、長居はかえって、辛さを仰いだ。マルヴィナは耐え切れなくなって、昼前には宿を出た。
「また来てね」――リッカの、何も知らない屈託のない笑顔を、少し寂しそうに受け止めながら。



 そしてその昼――アユルダーマ島、ダーマ神殿西、草花の生い茂る草原の中、
蒼い木の前――        (漆千音: なんで『青息』って出るんだ!!)
「シェナ、いいね。逃がさんぞ」
「………………」
 天使界へ[戻る]ことを、シェナは前回と同様に渋っていた。だが、マルヴィナの必死の説得で、
観念したのかどうにかここに立つまでに持ち込んだのだ。
「……で。結局、どーやって呼び戻すんだ?」
 いつかサンディは言っていた――箱舟が今蒼い木の所にないから果実は箱舟の中には入れられない。
じゃあどうやって帰るんだよ!! とセリアスが言ったところ、マルヴィナが「当てがある」と言い出したのだ。
前回まで、そんなことは言わなかったのに。
「で、何でマルヴィナが知っているんだ?」
 キルガの悪気ないぽつりとした意見に、
「あー……なんでだろうね? ウン」
 マルヴィナが何とも曖昧に答え、
「いやウンじゃないぞ」
 セリアスが手を上下にひらひら振ってツッコミを入れる。
そうこうしているうちに、マルヴィナは木の前に立ち、その堂々たる幹に手を触れさせる。
 マルヴィナが目を閉じる。途端、葉の蒼が、マルヴィナを包み込む! 
ない風に吹かれて、マルヴィナの髪が踊る。目を見張る三人と、黙ってそれを見るサンディの前で、
マルヴィナは唇を動かさず、厳かに言った――
「……神の創りし天空の舟よ。女神の力宿せし聖なる樹木の前に、今姿を現せ――」
 遠くから、甲高い汽笛の音が鳴り響く。キルガが、セリアスが、はっとする。黄金色の曲線を引きながら、
それは次第に姿を現した。
 女神の果実同様、優雅な金色を携えた、天の箱舟、まさにそれであった――……。



「あ、あの、“黒羽”様」
「……………………………………」
 ルィシアはもう、答えない。ただ、立ち去ろうとしていたかの学院を、もう一度見る。
そして、目を細める。気のせいか。……気のせいだろう。
……だが、それならば、なぜこんなことを思った?

 ……確かに、ふと感じた。懐かしい気配、幼き頃に失った感覚。

 歳の離れた、姉の気配が。

 自分とは違って、短髪を好んでいた。
 僧侶を志して、ある有名な僧侶団に入っていた。
 たったひとり、仲間を作り、ともに戦っていた。
 その名はいつしか有名になり、旅人なら誰もが知る称号を手にした。
 そして、最後には、賢者となった――その名は、マイレナ。


 だが――
ルィシアはふっと自嘲気味に笑った。
だからなんだと言う。もう、関係ない。
……そもそも、それは、[三百年前]の話。もう、ここにいるはずがないではないか。

 ルィシアは自分自身に目を落とし――そして、そのまま、学院を後にする。




 黒珈琲の髪を、青紫色の天鵞絨の外套の頭布ですっぽり覆ったその娘―以前、マルヴィナたちが、
カラコタ橋のキャプテン・メダルのテント前で会った女性だ―は、そっと溜め息をついた。
結局、ここへ戻ってきてしまった。森の奥に隠された泉、初めてあの人を見つけた、この場所に。
行ける範囲は、もう行きつくしてしまったように思えた。それでも、あの人は、一向に見つからない。
(……戻りたい)
 娘は、思った。
(戻りたい。……けれど、置いてきてしまった。……どうして、隠してしまったの。
……戻りたい。もう一度、わたしに夢を見させて――……)
 娘は、泉に足をおろした。
波紋は、もう広がらない。



「さてマルちゃん。もう一回聞こうか」
「だから分かんないって! てかマルちゃん言うな! 変態か!」
「何故それで変態になる!? 基準を述べよ!」
「セリアスが言うからだ!」
「それだけ!!?」
「マルヴィナ」
 果実を二個持ったマルヴィナと果実を二個持ったセリアスが単純かつくだらない議論をしていたときに、
果実を二個持ったキルガが珍しくその話に割り込んだ。
彼が人の話の間を割るということは、相当重要な話があるという事であり、またこの時にヘタに無視すると
あとから恐ろしいことになるのは、長い付き合いの二人は既に知っていた。……恐ろしいの中身はあえて伏せるが。
 ともかく、そのまま彼らはあっさり、若干作り笑いを浮かべんばかりの表情で、キルガに話の主導権を譲る。
「マルヴィナは、あの木のことを……“女神の力宿せし聖なる樹木”と言った。……あの時……
前回、天使界に戻った時、聞こえたあの“声”が、木に力を宿しただろ。……ってことは」
「女神だった、ってこと?」訊いたのは果実を一個持ったシェナだ。何のことか知らないながらも、そう尋ねた。
 キルガは頷く。
「……予想だけれどね。でも、そうだとすると……波動は天使界を襲ったが、女神さまは無事だということになる。
……望みはありそうだ」
「キルガの予想は大体当たるからな! マルヴィナよりはましだ」
 先ほどのお返しのように、セリアスはあっさりと言う。
「ちょっと待てそれどーいう意味だ?」
「だってマルヴィナが百発百中当たるのはヤーな予感だろがっ。別に求めてないことをパンパかパンパか当ておって、
占い師かアンタはっ」
「「「……………………………………………………」」」
 マルヴィナばかりでなく、キルガやシェナにまで黙りこくられて、セリアスは「ふぇ?」と問い返す。
「ちょま、何で最近俺がしゃべると毎回シラケる?」
「……今、反論材料をそろえていてな……文章を組立て中だ」
「……………………………………」
「なぁセリアス。――この話題、止めにしないか?」
「……そうしましょう」
 ダメだこりゃ、と呆れたのは運転中サンディ。
「……えと、ところでさ。……さっきから思っていたんだけれど」
 果実を二個持ったマルヴィナが、言った。
「……なんでわたしら、果実もったまま話しているんだろ?」
「え、や、なんとなく」
「降ろしていい雰囲気じゃなかった」
「……三両目に置いておくか。天使界まで遠いし、重いし」
 果実を七つ集めたことで、心なしか一つ一つが重くなったような気がした。
マルヴィナは最大で四つ、自分のフードの中に入れていたことがあったが、今そんな行動をすると
間違いなくマルヴィナは首を絞められるか、そのまま後ろに倒れるかのどちらかになる。
けれど試しに、七つ持ってみるとどれくらいの重さになるのかなんとなく知りたくて、
マルヴィナは自分が持っていくと言い出した。手伝おうか、とも言われたが、考え事をしたいんだと言うと、
そのなんとなく思いつめた様子を感じ取った彼らは黙ってマルヴィナひとりに任せてくれた。ただし、
まずいと思ったら遠慮なく呼べよ、という言葉は忘れずにマルヴィナへ送ったけれども。