ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅡ  【 夢 】3


 どういう仕掛けがあってか、視界は晴れたように思えた。
そもそも真っ暗なのに仲間の姿は見えているし、無い道を平然と走れる時点でおかしいのだが、
そんなことはただひたすらに走る彼らの考えのどこにもなかった。
 と。ある程度歩を進めたあたりで、周りが[黒く]眩く光る―矛盾しているが、言い表すならそういった感じだった―。
目を瞑ったかどうかは覚えていない。が、気づいた時、その場の景色は大きく変わっていた。

「な、なにこれ……」

 マルヴィナは足を止め、目を見開いてその景色を見渡した。無論、仲間たちも。
 天井は見えないほど高く、壁に埋め込まれた獰猛そうな獣の頭は今にも動き出しそう。
趣味の悪い髑髏の柱が何本もたっていて、四人を冷酷に、不気味に見下ろしていた。
涼やかさを通り越して、死の冷たさを感じさせる濃い藍色の床や壁。敷かれた赤絨毯。
「宮殿……か?」
 マルヴィナの問いに答えたのはキルガだ。「……少し、……いやかなり、趣味の悪い」
「この状況で笑わせネタを言えるなんて進歩したわね、キルガ」とシェナ。
「いや別にそういうつもりは」とキルガ。
「シェナ、こいつは冗談も本気も真顔で言うやつだから」とセリアス。
「いや本気は真顔じゃなきゃ説得力ないだろ」とマルヴィナ。
 明らか怪しい場所でこんな呑気に話せるのは、訳が分からないなりにも景色のある場所に来られた安心感と、
いつも通りでいられる仲間のおかげだろうか――マルヴィナがそう思った、瞬間。


「―――――ッ!!!」


 マルヴィナは、いきなり現れた邪悪な気配に大きく反応し、思わず腕を押さえうずくまった。
「マルヴィナ、どうした!?」
 セリアスが真っ先に声をかける、が、マルヴィナの反応の意味が分かる。
邪に敏感なわけではないマルヴィナ以外三人まで、その生じた気配に身を震わせた。
「なっ……」
 赤絨毯の向こう、気づかなかったが、そこにあったやはり趣味の悪い玉座の前に、黒い渦ができていた。
それは次第に何かの形を作り上げる。
「うっ……ぐぅっ」
「マルヴィナ、しっかりしてっ」
 シェナは、身体を縮め、歯を食いしばって震えるマルヴィナの肩に触れ、立ち上がらせた。
シェナの支える手に少しだけもたれかかりながら、マルヴィナは前をしかと睨み付けた――。

 シェナとキルガが、固まる。

「ま、さか……嘘だろ」
 キルガが、若干震えた声で、話す。
「本当に、居たの……!?」
 シェナも同じく、呟いた。



 民家一つ分ほど、大きい。
渋めの緑と紫の法衣と外套、胸には鮮やかすぎる紅の宝玉。
肌は鉱石の色、そして――サイのような顔。


『……ついに来たか』


 うめくように、[それ]は言った。

『この大魔王に逆らおうなどと身の程をわきまえぬ者たちじゃな』

 傲慢に、嘲笑うように。

『ここに来たことを悔やむがよい』

 そして、自らを誇るように。

『再び生き返らぬようそなたのハラワタを喰らいつくしてくれるわ!』

 自分に酔いしれるような言葉を吐いて、[それ]は笑う―――




「「魔王――バラモス」」





 キルガとシェナの叫んだ名を持つ、そいつは。




 剣も、槍も、斧も、弓も。
全て、既に構えてある。既に戦闘体勢に入っている。

 だが――誰も、動きはしなかった。

 なんとなく、ここでこの魔物を斃さねば、このおかしな世界から現世に戻ることはできないような気がしていた。
だが――それにしたって。
 どうやって、こんな大きな魔物と戦えるのか。
「……どうする……?」
 セリアスの問いは、だが誰も答えることができず、ぽつり消えただけだった。
 魔物、バラモスが動く。ずん、と前に出、腕を振り上げる。それだけでも、ぶわりと風が巻き起こり――


「っ!」


 そして、床に叩きつけられたとき、それを避けていながらも巻き起こる風の強さに耐え切れず、
マルヴィナとシェナは吹っ飛ばされる。
「このっ」
 セリアスが思わずいきり立ち、その腕に攻撃を仕掛ける。が、切れ味の鋭いはずのその斧さえも、
つけたものはかすり傷程度でしかなかった。
「なっ!?」セリアスは思わず叫び、バラモスの注意を引く。
 狙いを向けられたセリアスは思わず動揺し、じりと後ずさった。キルガはまずい、と思った。
(セリアスが焦っている……このままでは、まずい)
 戦いの時こそ冷静になれと教えられ、それを違えることなく守り続けてきたセリアス。だが、今はそうではない。
彼は焦って戦うことの危険さを頭で知っているだけで、身体では知っていないのだ。
 となると、その焦りから動きが鈍化し、無駄に傷を増やす原因になりかねない。

 だが、冷静になれない状況であるのも確かだ。
マルヴィナが立ち上がる。シェナが次いで身体を起こし、一気に気合いを溜めた。

「……っスクルト!!」

 気合を込めて発動させた 守増呪文改_スクルト_ も、正直なところ、気休め程度にしかならなかった。
マルヴィナが息を吸う。ゆっくりと吐く。そして、また吸う。
八分目あたりで止め、一気に「はぁっ!!」斬りかかる。
 剣が当たった。傷はない。また振るった。かすり傷程度。またしても斬りつけた。何かの音がした――
 セリアスは気付く。マルヴィナは、一見無謀な行為をやっているように見えて、
地味に、だが確実に、的にダメージを与えていた。
 いかに硬い体を持つものも、一か所を集中的に狙われてはかなわない。マルヴィナは、それを狙っていた。
 あるいは、必ずやどこかにあるであろう弱点を探し出すか――

 無謀すぎ、そして時間がかかりすぎる、それでも、やらないよりはましだと判断したのだろう。

「……加勢する!」

 落ち着きを取り戻したセリアスが、その無謀行為に乗った。マルヴィナはにやりとし、
素早くセリアスの耳に口を寄せて囁いた。
セリアスの表情が一瞬変わり――だが、すぐに呆れたような、納得したような表情となる。「了解だ」
 マルヴィナは頷くと、セリアスにその位置を任せ、シェナのもとへ。
そして、セリアスに言ったことと同じ内容を伝え、最後にキルガにまた同じことを言った。
「……いつからそんな大胆になったんだ?」キルガがセリアスと同じように苦笑し、だが槍を持つ手に力を入れる。
「セリアスにも言われた」マルヴィナが笑った。「目でね」
「それなら――奴の気を引いておく。……指示を頼む」
「頼まれた」
 マルヴィナは頷き、そして敵に向かって再び駆け出した。
マルヴィナだけではない。こんな作戦に乗ろうとする、自分たちもまた――セリアスも、シェナも、自分も。
皆、旅を始めたころに比べて、さまざまな意味でかなり大胆になっていた。

 それは、あのときより、互いを、皆を信用できるようになったからだろうか。

 キルガは目を細め、少しだけ笑うと、ひとり敵と対峙し、相手の動きに集中した――……。