ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅢ 【 記憶 】3
「立派に成長していますよ」
――さらに時は流れる。
シェルラディスは、目の前の墓に向かって、両手を合わせた。
その名――シェルハヴィア、略称はシヴィア。
彼女自身のたった一人の娘である。
我が子の顔も見ることなく生涯を終わらせ、子も母の顔を知らず成長した。
もし奇跡が、互いを再び合わせてくれたとしても――二人は、互いを知らぬまま、終わってしまうのだ。
隣の墓に刻まれているのは、娘の愛した者の名。
彼もまた、シヴィアが子を成したころに、突然その生涯を閉じた。
これは『真の賢者』の誕生の予兆ではないか。そんなうわさが流れずともシェルラディスには、予想できていた。
だから――覚悟も、できていた。
できていたはずだった。
――それでもやはり。あの時の失った思い―悲しみとか、そんな言葉で表されるものではない―は、
今でも心にのしかかるのだ。
(でも、だから)
あの子を、立派に育ててみせる。
そう、誓ったのだ。
もう、自分は長くない。だからせめて、その間に。
娘と呼ぶべきか、まだ少女と呼ぶべきか。
少女はそこまで成長していた。
長くなった銀髪はもう、作業をするときは束ねておかねばならぬほど。
だが少女は、今は髪をおろしていた。
「――――――、―――――――――、……」
静かに魔法を詠唱、気合一閃。目の前に、小さな爆発が起こる。
…………
手加減することの練習だ。
これは普通に呪文を唱えることより疲労感は抑えられるが、集中力は上げねばならない。
集中力をそのままに、疲労感を抑える――それができるようになるには、慣れる、という事しかなかった。
慣ればかりは、どんな天才でもすぐ身につくことではなかった。
外に出る。悪い天気だった。……だが、少女は先に、空よりも墓の前に、目を移動させた。
「おばあさまっ!?」
墓の前で、うずくまっている。少女は慌て駆け寄り、その腰を抱く。
「どうなさったの? 大丈夫ですか?」
「……えぇ」シェルラディスは荒く息をついた。「ケルシュを呼んでおくれ」
「はい」少女はゆっくり手を離すと、家の中に飛び込んだ。
民たちが集まってくる。シェルラディスを励まし、労り、ケルシュが出てきてからは皆で協力して家へ運んだ。
民たちの中に、ディアもいた。
少女は祖母を心配げに見送り、まずは集まってくれた民たちに丁重に礼を言った。
元気を出して、心配しないでと、彼らなりの励ましの言葉を受け取り、少女は頭を下げっぱなしだった。
家に入っても、少女にできることは何もなかった。
あんなに育ててくれたのに。
あんなに、お世話になったのに――何も、できないの?
だが、残念ながら本当に、彼女にできることは皆無だった。
……祈ることしかできないなんて。
少女は拳を握りしめた。
「よぅ、婆さん、大丈夫かよ」
外へ出ると、ディアだけがまだそこに残っていた。「何もやることがないから、出てきたんだろ」
図星だった。結局何もできなくて、悔しくて悲しくて、外に出てしまったのだ。
……しかもそれを、見抜かれていた。
別の悔しさが少女を取り巻いて、答えもせずその場から逃げるように歩いてゆく。
「おい、待てよ」待つかばか、と口中で小さく素早く罵って、少女はさらに足を速める――が、
案の定階段で追いつかれる。腕を掴まれ、いきなり静止したものだから、勢い余って階段から落ち――
「ちょっ」
「おいっ!?」
――そうになって、ディアが慌てて引き戻した。
……力の強さに、少し戸惑った。
ディアは魔術師の息子にしては、力が強く、体格もよかった。だから、その強さが驚くことでないことは
重々承知しているのだが――でも、それでも、幼いころより知っている者の成長には戸惑う。
だが、そんなことより先に出てきたのは、
「何、するのよっ」
見抜かれていた悔しさと、それを感じている自分への怒りによる、八つ当たりと言ってもいい言葉。
「お前、どうする気なの?」
だが、その腕を掴んだまま、ディアは少女の問いに答えず、訊いた。
「どうするって何よ。離して」
「そのまんまだよ。もし婆さんが死んじまったら、お前、どうすんだよ」
ぎく、として、少女は顔をゆがめた。……考えないようにしていたことを、訊かれてしまった。
もし。もし祖母が、亡くなってしまったら。
……少女は、ひとりになる。
「……ケルシュがいる」
だが、少女の答えに、ディアは――その名が出てきたことに対し――苛立ったように答える。
「また、かよ。ケルシュは他人だ、頼れねぇって」
黙ってしまった少女に、ディアはやっぱな、と今度は何処か楽しげに答えた。
「考えとかないと、そろそろまずいんじゃないの?」
「……やめてよ」
「今まで結構永らえてきたっぽいけど、もう限界だって」
「……やめてったら」
「そろそろ終わりだよ、なんなら――」
「馬鹿!!」
少女は叫んだ。叫んだと同時に、涙が溢れてくる。怯んだディアの手を振りほどいて、少女は逃げた。
今度は、走って。
階段を降りきって、そのまま里の入り口の前でうずくまる。
「……………………」
ディアは黙りこくった。馬鹿。……だから、なんだよ。本当のことを言っただけじゃないか。
彼は不器用だった。不器用で、無自覚だった。
自分が傷つけたことは分かっていても、その原因が何かが分からなかった。
……俺は。
俺は、ただ―――――……。
「―――――――――――――――――ぁぁぁっ!!」
ディアは顔を上げた。
そして――目を、見開いた。
里の入り口に、見慣れぬ赤い騎士が数人もいた。
その中の一人が――自分が傷つけてしまった少女を、捕らえていた。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク