ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅲ 再会 】――3―― page4
イシュダルは呻く。自分の手にした短刀は、何にも刺さっていない。
代わりに、自分の体に突き刺さったのは、マルヴィナの剣。
「……な……」
そのまま、崩折れる。マルヴィナがはっとして、手の剣を見て……そして、急いで引き抜いた。
信じられないように、赤黒く染まったそれを見て、震えた。
後退し、イシュダルを見て、震えた。イシュダルは笑っていた。憎悪をこめた――邪笑。
「ク……ククッ……レオコーン……あなたは、何を……求め……る? 愛する、メリアは……
もう、どこにも、いな、い……のに。そう、この世の、どこに……」
――黒い波動。風のようなそれがイシュダルの周りを包み、そして……フッ、と消えた。
跡形も無く。
「……レオコーン」
セリアスが、剣を収めて一呼吸置いた後、躊躇いがちに名を呼んだ。だが、反応は無い。
レオコーンを苦しめるのは、絶望――……
「……三百年……私は……私は、帰ってくるのが、遅すぎた……メリア……っ!」
愛しい者を呼ぶ声、何よりも辛い痛みが、言葉の刃となってマルヴィナたちに伝わる。
何を言えば良いのだろう。こういう時、どうすればいいのだろう――
「――遅くなどありません」
……静かに響いた、涼やかな声に、四人は、レオコーンは、ゆっくりと扉を見る。刹那、奇跡が起こる。
そこにいたのは。
純白のドレスを身にまとい、首に紅の宝玉の首飾りをつけた、美しい女性。
フィオーネに[似ている]、その人は――
「――っメリア姫!?」
優雅に、驚きを隠せないレオコーンの手をとる。
「……私は、ずっと貴方を待っています。そう言いましたね。
私は約束を守りました。貴方も約束を守りました。――さあ、後一つ。
……黒薔薇の騎士よ、私と一緒に踊ってくださいますね? 交わした最後の約束……婚礼の踊りを」
……答えは、レオコーンの立ち上がる音、そして、一礼。
そして、二人は踊りだした。
三百年の時をこえた、婚礼の踊り。
「やるじゃん。――フィオーネ」
マルヴィナは目を細めて、笑った。
時は流れる。レオコーンの体が光りはじめる。光り、そして……消えかかってゆく。
[フィオーネ]が、はっともう一度レオコーンの手を握る。まるで、この世にとどめるように。
だが、それはかなわない。レオコーンは笑う。そっと握り返すのみ。
「……ありがとう、異国の姫君……そして、愛するメリアの意思を継ぐ子孫の姫。
貴女がいなければ、私はずっと、絶望の淵をさまよい続けていたでしょう」
「……やはり、貴方は、黒薔薇の騎士でしたのね……そして、私が、メリア姫の、子孫……」
フィオーネの目に、うっすらと涙が浮かぶ。レオコーンは頷いた。そして、マルヴィナたち四人に向き直る。
「そなたらのおかげで、私は悔いをなくした。――感謝する。……ありがとう」
最後は、声も小さくなり――
そして、レオコーンの魂は、昇天した。
「…………」
フィオーネは、溜めていた涙を流す。
「……マルヴィナ、ありがとう。……お父様に内緒で、ついここまで来てしまったわ。でも、良かったと思うの。
きっと、メリア姫も……喜んでくれると思ったから。……そう、キルガさん、ごめんなさい。
本当は、おばあさまからメリア姫の話はよく聞いていたんです。嘘をつきました。ごめんなさい」
「いえ、構いません。こちらこそいきなり失礼しました。……ところで、どうやってここへ?」
フィオーネは、にっこり笑った。涙の後は、もう残っていない。立ち直ることが、彼女の強さ。
身を優雅に翻したフィオーネは、扉との対面、……ではなく、そこにいる妙に涙目の兵士二人との対面を許してくれる。
「彼らと一緒に。実は、行くことに反対されて。だからつい、彼らの頭に」
そういってフィオーネは、右手を出し、……チョップする仕草を見せる。
「…………え。……ま、まさか」
「そう。つい、頭に、です」
恐ろしい。
というか絶対マルヴィナの余計な一言が原因だろう、と、マルヴィナ以外の三人はひそかに思っていたりする。
***
こうして――
マルヴィナたち四人の活躍は、歴史書に綴られるほどの大事となった。内容は、黒騎士退治ではない。
何を、どのように書かれるのかは、分からない。そもそも、四人にとってそれは興味のあることではなかった。
城中の歴史書を引っ張り出し、学者たちはセントシュタインの国と
ルディアノの国についてを調べ上げようと意気込んでいた。
王は黒騎士を誤解し、悪く言ったことを反省し、またマルヴィナたちの栄光を賞賛し、祝った。
セントシュタインの国では、数日に渡る宴が開かれ、城下町の人間や旅人までもが浮かれ、楽しんだ。
だが、その宴の主人公たるマルヴィナ、キルガ、セリアス、シェナの四人は、何故か割と浮いているという結果であった。
……特に、マルヴィナは。
「マルヴィナ?」
夜の事。
キルガは、何となく冷たい風に当たりたくなって、城のバルコニーへ足を運んだ。
だが、既にそこに誰かがいる。それが、マルヴィナだった。
「……あぁ、キルガ」
「どうしたんだ? ボーっとして」
セリアスは町の大男と先を競うように料理を食い尽くしていた。
サンディも似たようなもので、人の目を盗んでつまみ食いをしていた。
シェナはというと優雅な淡い色の(貸してもらった)ドレスを身にまとい、悠然と女性たちとおしゃべりをしていた。
ちなみに、宴の中に咲くシェナの姿に一目惚れした男共の熱烈な告白の言葉を
即答で拒否することでことごとく返り討ちにしていた……というのは余談で。
そこそこに浮き具合から立ち直った二人(とサンディ?)に比べ、マルヴィナとキルガはまだこんな調子である。
マルヴィナはそれを知っていながら、それでも一人になることを望んだ。
むしろ、宴に対し、苦々しい思いを抱いていた。
「……うん。……ちょっと、ね」
「――魔物を殺したことか?」
遠慮もなく言ったキルガの言葉に、マルヴィナは小さく反応する。
マルヴィナが悩む時は、その原因を単刀直入に言って認めさせないと、
後からずっと引きずることになるというのは長い付き合いから理解していた。だから、辛いことだと分かりながら、言う。
「……分かってる、か」
「……」
キルガは黙って、マルヴィナが何かを言うのを待つ。
マルヴィナは振り返った。暗闇に包まれた哀しい表情が見える。
「……正解。……何も知らないのは当たり前だし、責めてもしょうがないんだけどね……どうしても、思うんだ。
こっちは、生と死の狭間を潜り抜けて、何かを殺すことまでしてしまったのに……
何故、こんなに、華やかな場が作られるんだろうって」
やはり気にしていたのか、とキルガは思った。戦場での震え、躊躇いの色……それが、見て取れたから。
「……どうして、こんなに距離を感じるんだろうね。……うなされるんだ。
目を閉じると…… 魔物_あいつ_ が、何度でも蘇ってきて、わたしは逃げることが出来なくて……」
自嘲気味に笑うマルヴィナに、なんと言えばいいのか。キルガはそれが分からない。
これ以上何かを言うと、かえって彼女を傷つける事になるような気もした。
だが、そんなキルガの頬が、いきなり横に伸びる。マルヴィナが軽く握って、引っ張っていた。
「ひ――ひたいいたい。ハル――ヴィナ、……いきなり何?」
解放してもらい、キルガは頬を押さえる。マルヴィナが今度は、二カッと笑った。
「……変な顔」
「いやそりゃ引っ張られれば誰だって」
「違うよ。珍しいなキルガが同情するなんてさ。……でも、いいんだ。
わたしは、わたしなりに立ち直るからさ。……ありがとね」
まさかマルヴィナからお礼を言われるとは思わず、キルガは 曖昧 _あいまい_ に返事した。
だが再び、その頬が横に伸びる。
「やっぱ面白いなこの顔。もうちょっと伸びるかな」
「ひ、ひはいって、ちょ、――遊ぶのは止めてくれ」
「だって面白いし。意外と伸びるんだね」
「……僕はどう反応すればいいんだ?」
最初とは違う、笑い声。
彼女もまた、フィオーネと同じ強さ、立ち直るというそれを持っていた。
それがある限り、彼女は決して絶望をしないと思う。
レオコーンがなるかもしれなかった、あの姿には。
【 Ⅲ 】 ――終結。

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