ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――3―― page3


 困惑しつつも自分を奮い立たせ、兵士の――ではなく、自らの剣を手にする。マルヴィナは、相手を見た。
観察したのではない、見ただけで、敵の弱点が分かる。それは魔法戦士の特技。
一年弱異なった『職』を経験したが、勘は鈍っていない。
「マルヴィナ、悪いが相手の守備を下げてくれ!」
「分かった」
 マルヴィナは集中し詠唱、 守減呪文改_ルカナン_ を唱える。魔物の気力を奪う。
そして、炎――ファイアフォースを送る――[全員に]。
「流れはこちらだ、一気に片を付ける!」
 疲労を払うように、マルヴィナは叫んだ。唱和が響く。

 それを見てチェルスは、よし、と頷くと――いつの間にか顔を上げていたルィシアと、視線をぶつけた。
「……なんの、つもり……?」
 自分を生かせ、と言った理由だ。変わらず深く息を吐きながら、麻痺する身体を動かそうとして――無理だった。
「言った通り――話がある」
 チェルスは相手に合わせた姿勢にはならず、ただ立ったまま話し続ける。
「わたしを復活させ――あいつはどうなっている」
「……さぁ?」
 ルィシアは目を閉じてもう一度息を吐く。「どうこうとかは、訊いていない」
「……『儀式』は行われていないんだな」
 チェルスはどこかで安堵しながら、言った。
「貴女が、逃げ出した、から……よっぽどのことがない限り、『儀式』とやらは、行われないでしょうよ」
 帝国に対する侮蔑を孕んだ物言いに、チェルスは眉をひそめた。心中で、やはりと思いながら。
「……もう一つだ」
 先陣を切るキルガとセリアス、後に続く里の民たちによって最後の魔物も、討伐される。
里の勝利に喜び、負傷者の手当てにまわりだした皆を見て、チェルスは問うた――

「里襲撃の命令を下したのは誰だ?」




 答えは、別の場所から返ってきた。




「わたくしですよ、“蒼穹嚆矢”殿」





 丁度、あるいは狙ってか。
チェルスの名を呼んだ者が、姿を現す――

「ッ!!」

 意識の飛びかけたマルヴィナが、息を吐くキルガとセリアスが、はっとそいつの姿に目を見開いた。
ひだひだしたローブ、毒を含んだ丁寧語、まるで妖鳥のような顔の、男。
 あの日、箱舟を襲った者、

“ ―首尾はどうですか? イザヤールさん― ”

 闇竜に乗り、師匠の名を呼んだ、あいつが――――……。



「「……ゲルニック……!!」」



 マルヴィナとチェルスに同時に名を呼ばれたそいつが、邪悪な笑顔を浮かべて立っていた。


「……久しいな、“毒牙の妖術師”」
「全くです。いきなり面倒を起こしてくださった、出来損ないの天使殿」
「面倒起こしはどっちだ」チェルスが吐き捨て、マルヴィナが叫んだ。
「貴様っ……!」
 その姿を目に映し、ゲルニックはわざとらしく驚いて見せた。
「おやおや……生きていたのですか。確か、イザヤールさんの」
「死にかけた、で止めたよ!」マルヴィナは怒気を孕んで、詰め寄った。「よくも、わたしの師匠をっ……!」
 ゲルニックは答えなかった。まるで軽くあしらうような小馬鹿にした笑みを崩さず、
再びチェルスへ視線を転じる――否。その先は――ルィシア。
はっとして、ルィシアが顔を上げた。憤怒、屈辱。だが、動けない。
「……無様な」
 少々、声色を低くして――ゲルニックは、杖を持ち直す。
マルヴィナが、チェルスが、そして何よりルィシア自身が――その先の行動が目に見えて、息を呑む。
前触れなしに、杖から生じた黒い雷を伴う、箱舟を襲ったそれに酷似した渦が、ルィシアに向かって放たれる!!

「――――――――――――ッ!」

 マルヴィナは、何かを叫ぼうとした。だが、声にはならなかった。

 狙いが外れるわけがない。
それは、そこにいた――




「ぐっ!?」



 否、
そこに飛び込んだチェルスを、遠慮容赦なく襲った。

「  」
 ルィシアの驚愕の声は、だが、チェルスが受けきれなかった分に襲われ、意識が飛び――声には、ならなかった。
「チェルスっ」
 マルヴィナが叫ぶ、駈け寄ろうとして足をもつれさせる。限界が来た。
肩を支えるキルガ、武器を構えるセリアス。笑うゲルニック。
「おやおや……まさか敵を庇うとは。まぁ、いいでしょう」
 くくっ、と、厭らしく笑って。

「――いずれこの里も消滅する」

「!?」顔を上げる、戦慄する。
「このっ」斧を手に、だっと走るセリアス。
だが、その前に、ゲルニックは飛び去った。
 むなしく空をきった斧の上に、キメラの翼の羽が、嘲笑うようにはらりと落ちた――……。