ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅹ 偽者 】――2―― page2
「ずっとあんな調子だべ」
従者の一人が、そう呟いた。
「あれじゃあ、いつまで経っても終わんねえだ。何としてでも魔物退治に行ってもらわにゃ」
そろって頷く――が、結局何もできず、遠くにいるナムジンから目をそらした。
ナムジンは一人、頭を抱え震えていた――
と見せかけて、険しい目で考え事をしていた。
(……どうする……予定が狂った。あの旅人らも、余計なことをしてくれる。……このままでは、
準備も満たぬまま、あの魔物を討伐することに……!)
ナムジンは聞こえぬよう溜め息をつき、そして立ち上がった。再び、従者の目がナムジンに向く。
「…………」
だが、あえて何も言わず、ナムジンは外へ出た。
そして、訝しんだ従者が追って外に出てくる前に、死角になる位置に身をひそめた。
静かになると、ナムジンは、そっとその地を離れた。
そして、まっすぐ北へ向かう――。
「あいつかよっ」
マルヴィナの昨夜の説明に真っ先に反応したのはセリアスだった。
「やっぱあいつ、怪しいんじゃないのか!?」
「見た目通りだと思うけれど。……で、果実のことについて……訊いてきた」
一瞬の間をおいてから、今度はシェナが発言する。
「……果実の情報を欲しているってこと? となると……奴も手にしたがっている一人?」
「あるいは」口を挟んだのは、キルガ。「……既に喰らっているか」
マルヴィナは頷いた。
「おそらくはね。キルガと同意見だ」
ちくしょう、やっぱりあったんじゃねぇか――言おうとして、セリアスはふと気づく。
「……ん? じゃあちょっと待てよ。……え? あれ? ……何がどうなってんだ?」
混乱し始めたが。
「……えっとつまり」キルガは軽く考えてから、短く言った。
「今回の黒幕は、あのマンドリルではなくシャルマナではないか――そういうことだよ」
あぁなるほど――言いかけ、再び言葉を飲み込む。
「マジかよっ!?」
「気付いていなかったんかい!!」
マルヴィナの即座のツッコミ。なんだかいいコンビネーションだった。
「まぁ、何しに草原に居座っているのかは知らないけれど――おそらくあのマンドリルを狙う理由は、
マンドリルが自分の正体に気付いているのが分かっているからだと思う」
「あー……なるほどな。魔同士だから、気付けるってわけか」
その言葉に、マルヴィナは一瞬だけピクリと反応してから――平静を取り戻し、頷く。
「で」
話に区切りができた為、その合間を縫ってシェナが再び発言。
「話してくれない? 朝の――『ハメられた』の意味を」
マルヴィナは三秒ほど目をしばたたかせてから、あぁ、そういえば、という。忘れていたの? と言う視線を送るシェナ。
適当に受け流し、マルヴィナは多分、という。
「わたしたちに邪魔をさせないためだと思う」
マルヴィナの推測が、静かに伝えられてゆく。
***
ナムジンは、北の橋を渡ったところで、身体を西に向けた。
歩き慣れた庭のように、平然と進む彼の姿は、どう見ても昨日魔物一匹に怯え震えていた彼と一致しなかった。
よく見れば、右手は、腰に吊るした短刀の近くにあり、いつでも抜けるようになっているのだ。
が、[そこ]へ着くまでに、短刀を抜くことも、使うこともなかった。
――そこは、木の葉や茂みによって巧みに隠された小さな洞穴だった。
見通しの悪いそこでも、躊躇うことなく、枝をかき分け、ナムジンは進む――そして、中に入る。
そして、そこにいた茶色の生物に――
「きたよ、ポギー」
あの、マンドリルに、話しかけた。
「あんなやり方では、先にお前が殺されてしまう」
ナムジンはマンドリルに近付き、そう言った。
「命を粗末にするな。お前が死んでは、母上も悲しむ」
右を見上げる。そこにある、大きく美しい石碑――ナムジンの亡き母パルの眠る墓を、哀しそうに。
おそらくは伝わったのだろう、マンドリルはうなだれるようにひと声鳴く。
が、その瞬間、何かを感じ取ってか、顔をいきなりあげた。
ナムジンもまた、はっとし、洞穴の入り口を見て――絶句した。
「……それがあんたの本性か」
そう、感情の読み取りにくい声で言ったのは、昨日の、あの旅人の内の一人だった。黒髪――否、闇の色か。
信用しにくい色を伴っていることだ。今ふっと、そう思った。
言わずと知れた、マルヴィナである。
「……まさか、こんなところまで来るなんて……あなたは一体何者なんだ?」
「奇遇だな。わたしもあんたにそれが聞きたい。目的は大体見当がついているからいいとして、
何故そんな臆病者のふりをしているかが――」
言い終わらぬうちに、ナムジンは動いた。走り様に短刀を抜き放ち、マルヴィナの首筋を狙う。
だがマルヴィナは、慌てず騒がず、右膝を曲げ足を壁に付けると、ナムジンとの距離が
二の腕ほどとなったその一瞬で強く壁を蹴り、それをかわす。マルヴィナは剣を抜かなかった。
そのまま半回転し、ナムジンとの間合いを詰め、そのまま彼の右腕の窪んだあたりを強く叩いた。
「っ!」
そこを突かれた時、腕から手にかけて痺れたような感覚に襲われる。
寸分違わず決められ、ナムジンの短刀が音を立てて落ちた。
「くっ……」
悪態をつきかけて、止める。「……何が目的だ」静かに、尋ねる。
「そうだな。強いて言うなら――あんたの手伝い、かな」
「冗談はやめてくれ」ナムジンは嘲るように笑った。
「何を理解して、そう言っているのかは知らないが、僕は僕一人で目的を果たす」
「勇ましいな。それでよく、あんな演技ができるもので……まぁ、それも、薄々シャルマナには感づかれているみたいだが?」
ナムジンの目つきが変わった。「……シャルマナが? 何故……」
「あんたが自分の命を狙っていることに、気付き始めたんじゃないか?」
ナムジンは口を噤む。警戒するようにマルヴィナを見つめ――言う。
「……あなたは一体どこまで知っているんだ?」
「何も」即答する。「推測ならかなり立てたてたけれど、全て根拠がない。……[誰か]から聞かない限りね」
「…………………………」間違いなく今の[誰か]はナムジンだろう。信じていいものか否か。
ナムジンはそっと考え――気付く。
マンドリル、名をポギーという彼が、警戒していないのだ。
彼女の霊気を、彼女の存在を。むしろ、歓迎しているようにも見えなくはない。
魔に鋭い、人外の力――……。
信じるポギーが、信じる者。
「…………信じて……いいんだな」
ナムジンは小さく言う。
マルヴィナもまた、小さく笑い――言った。
「当然」
と。

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