ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅲ 再会 】――3―― page3
イシュダルが強く念じた。一瞬。黒い波動。中から現れたのは、魔物。レオコーンが言った、魔物、真の姿。
「……邪魔立てするものは許さない……まとめてここで死ぬがいい!」
「断る! その言葉、後半だけそっくり返す!」
最初に動いたのはセリアスだ。手にしたセントシュタインの剣で斬りこんでいく。
「ヒャド!」
イシュダルとて無反応ではない。すぐさま唱えたその呪文が、セリアスを弾き飛ばした。
「いってぇ……!」
だが、セリアスもセリアスで、四人の中で一番丈夫だ(聖騎士のキルガを超えている)。
身を襲った冷気と刃に少量の血を滴らせながらも、様子はさほど変わっていない。
シェナが 応急呪文_ホイミ_ を唱えた。彼女は回復に専念するらしい。
その彼女に狙いを定めたイシュダルの横様から、キルガは疾風突きを繰り出した。魔物と化したことを
証明するかのように、イシュダルの腕から黒い液体が流れる。血であることが、しばらくして分かった。
「……いきなり実戦、か……」
セリアスは呟き、腕の痛みにもだえ隙を見せたイシュダルに再び斬りかかる。
剣が届く。そのまま、もう一本の腕を裂く。キルガもそうだったが、まだ攻撃にためらいの色があった。
この手で、魔物といえど、何かを殺める。そんな覚悟は、ついていない。
それは、まだ一度も動いていないマルヴィナも同じだった。
「面倒な人間だこと……」
イシュダルが低く唸ったように聞こえた。まだ黒い液体を滴らせたまま、 邪笑_わら_ う。
「侮りすぎたようねぇ……だったら、これで……どう!?」
はっと身構えた四人はその瞬間、赤く光ったイシュダルの瞳を真正面から見た。そして、衝撃が走る。
「うぁっ!?」
胸を強打されたようなその感触に、気が遠くなる。だが、それだけでは終わらない。体が、動かない。
「な……何……ぐぅっ……!」
体が麻痺する。痛い。動けない。
「……さぁ、て……動けない? 動けないのって、苦しいわよねぇ……」
回復呪文を使うシェナが一番厄介だと思ったのだろうか、イシュダルはシェナに向かって刃を走らせる。
シェナは悲鳴をあげない。小さく、呻いただけだった。だが、同時、何かが抜け落ちるような嫌な感触がした。
「なっ……何よ、今のっ……!?」
「へぇ……喋る余裕が、まだあるなんてねぇ。……あんたの命、少しもらったよ」
気付けば傷つけたはずのイシュダルの左腕の傷が浅くなっていた。
こちらは動けない、それなのに相手は回復していく傾向。
不利だ。――[三人]はそう思った。
「……これも、呪い、……なのか?」
……不利の状況に似つかわしくない、マルヴィナの声がした。
「だったら……これも、解けるのかな……―――っ!!」
無音の、気合。大きく払った腕と共に――再び、その呪いが払いのけられる!
そのままの姿勢で小さく吐息をもらし、マルヴィナは不敵に笑って見せる。
「……形勢逆転、ならず」
すっく、と立ち上がり、イシュダルの呆気にとられたその時間を利用してマルヴィナは薬草の一つ、
まんげつ草を取り出す。
「任せるよ!」
自分で飲め、という意味でそう言って、マルヴィナはレオコーンを呼ぶ。
(……躊躇っちゃいけない)
マルヴィナは目を閉じる。
(今は、必要な時だ……必要な時は、躊躇わない。それが、わたしだ――)
状況は、振り出しに戻る。
否、レオコーンが、戦いに加わる。
マルヴィナはそっと、決心した。
何とか自分自身を回復させることに成功したキルガ、セリアス、シェナの三人が立ち上がる。
ゆっくりと、だが、しっかりと。
「……今度こそ、油断しないからな」
「そうね――ちょっと、油断してたかもね」
セリアスとシェナが、小さく声を交わす。
そして、駆け出した。
「マルヴィナ」
イシュダルの狙い先が変わったのを見て、レオコーンはマルヴィナを小声で呼んだ。
マルヴィナは振り返り、無言のまま話を促す。
「……前と、後ろだ。挟み撃ちにする。私が奴の前に立つ。奴の狙いが私にそれたときに、奴の急所を刺せ」
「……っ!?」
マルヴィナは言葉に詰まった。反応が遅れる。
(……駄目だ。躊躇っちゃ、いけな、い――)
再び、決意、……しようとする。
決意しなければ――
「……レオコーン、逆にしてくれ。わたしが前に行く。
あんたが次にまともに攻撃を受けたら、身が持たない」
だが、結局、そう言った。レオコーンの答えを聞かず、マルヴィナは駆け出す。
「おいっ、マルヴィナ……!?」
届いていない、否、無視された、というべきだろうか。それ以上の反論を拒絶する雰囲気があった。
レオコーンはそれ以上何かを言うのをやめる。
「……ん?」
「おっと、よそ見しないことね!」
いきなり戦いに参加したマルヴィナに、やはりイシュダルは狙いを定める。
自分だけに見えるという、周りとは違った光。それが、狙われる理由。
逆に、注意をそらすには、一番適したのが、自分――
それは、本当に理由だろうか。
違う。やはりまだ、覚悟が無い。
『勝負』は好きだ。力と、力の、真正面からのぶつかり合い。それが、勝負だ。
だが、『戦闘』は、嫌いだ。命を懸け、死と隣り合わせとなる。それが、戦闘だ。
(……こんなことして、本当に……何かになるんだろうか?)
マルヴィナは走る。イシュダルもまた、真正面になるように、動き続けた。明らかに、マルヴィナを狙っていた。
だが、その時、マルヴィナは動きをピタリと止めた。
口を真一文字に結び、両足でしっかりと、仁王立つ。
「……? 動かないの……? 愚かな!」
代わりに動いたのは、イシュダルだ。殺戮の眸と、冷静な眸が、交錯する。
刹那。
――――ッィインッ……
二つの、短刀と剣がこすれる、金属音が響く。
イシュダルの短刀、マルヴィナの剣、
完全に他に対しての隙を見せたイシュダルを、金属音を合図に、レオコーンが狙う。漆黒の剣を唸らせて。
だが。
「っ!?」
マルヴィナの剣が、空を凪いだ。触れ合っていた短刀が、消えたのだ。
イシュダルはマルヴィナから背を向けていた。
(な……まさか、気付いた!?)
マルヴィナの予想は当たる。レオコーンの気配に、イシュダルは気付いていた。
後は止めを刺すだけだったはずのレオコーンめがけて、イシュダルは刃を走らせる。
(危、な――――!)
―――ドスッ……
嫌な音がする。
手に、重みを感じていたのは――マルヴィナだった。

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