ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅱ 人間 】―― 1 ―― page1
[ わたしは、何だ? ]
白くて、
真っ白で、
その空間、
――私は、目覚めた。
「……おい、いたぜ」
ウォルロ村。
村長の(ドラ)息子ニードは、子分扱いの少年フォールに囁く。
守護天使像の前に立つ、闇色でミディアムより少し短い髪を風に流す少女。
「へぇ、アイツが、今回の大地震の時滝に落ちていた奴、でしたっけ?」
「滝に落ちてて、ほとんど死にかけだった奴、な」
「……の割りに、まだ三日目ですよ? 何であんな立ち上がって……まさか仮病?」
仮病、の使い方が間違っている。
「いんや。頭からソートー血が出てたよ。
滝から上げたとき、水のせいで顔が血まみれに……あー止めた止めた。気色悪ぃ」
ニードが頭を振る。そして、わざと大声を出す。
「だったよなぁ、得体の知れねぇ旅人サンよぉ!」
闇髪の少女が振り返る。蒼海の眸は、警戒の色。
「名前は――っと! 守護テンシだっけなぁ?」
「……マルヴィナだ」
少女は、――マルヴィナは、そう答えた――。
天使界を襲ったあの波動が上がったとき、人間界では大地震が起きていた。
マルヴィナは、天使界から落ちて、……たどり着いたのは、偶然にもウォルロ村だった。
滝に落ち、浮かび、そこを宿屋の娘・リッカに拾われた。
……つまり、それは――天使であるはずのマルヴィナの姿が、見えていたということ。
それは、なぜか?――単純だ。
その時のマルヴィナに、頭上の光輪も、背の翼も、存在していなかったのだ――
天使の力を奪われた天使。
いや、[ほぼ]奪われた、というのが正しい。
人間と変わらないその姿――だが、天使の力は、まだ残っていた。
現に、大怪我を負ったマルヴィナの傷は、三日目にして
(眼がさめたのはつい先ほどだが)ほとんど回復していた。
周囲の、白い眼と、嫌なものを見るような目つきに――少しは、慣れたと思う。
だが、わざわざこうやって絡んでくる奴は、話し相手をするのが一番疲れる。
「は~、お名前はまあ、どーでもいいだろ。てゆーか、どうも胡散臭ぇんだよな。
お前、いつ村に来た?どっから来たかもい言わねぇし」
いえるわけがない。私は天使だなど、そんな事。
「――っち、ダンマリかよ!お前、自分の立場理解しろよな!」
「――」
突き飛ばされる、それを察知し、マルヴィナは寸前でくるりと身をひねり、かわした。
ニードはぎくりとし、勢い余って守護天使像に倒れる。
「――ってめぇ!?」自業自得のクセにそう叫ばれ、マルヴィナはうんざりする。
とりあえず、殴りかかってきたニードの拳をあっさり受け止めて見せ、そのままひねり、足を払った。
「おぐぁっ!?」
奇妙な叫びを発し、ニードは突っ伏した。
そして、チビで華奢なくせにとんでもなく力の強かった少女を恐る恐る見上げる。
「なっ、何、だ、おま、ひっ!?」
すべて言わせる前に、無言のままにマルヴィナが足をドンと
ニードの眼の前で踏み鳴らすと、そこにはぽっかり足跡が残る。
たちまち石化したニードとフォールの前で、傲慢に、
「……悪いな。記憶喪失っぽいわ」
……んなわけねぇと言われそうなことをぬけぬけと言った。
凶悪な笑顔のマルヴィナ、……の背中を見つけたリッカは、その後にベストタイミングで来る。
結局その日、ニードは二人の女から、喧嘩に負けるわ宿の桶で殴られるわで(リッカによる)
ひどいめにあったのだった。
***
リッカ・ロリアムには両親がいない。
母親は病弱で、リッカが幼いときに他界している。
また父親も、二年前にどこかから拾ってきた流行病で急死した。
その父親は、宿屋の主であった。小さな宿ながら、最高のもてなしをする、
世界宿屋協会からは抜き打ちで検査されても文句なしパーフェクト五つ星を勝ち取っていた。
そう、今現在リッカが宿屋の若女主人を勤めているのは、父親の受け継ぎ。
だが、例の“大地震”で東側にある大国と村をつなぐ通り道―人は“峠の道”と呼ぶ―が
土砂崩れでふさがり、客は来ない。宿屋の仕事は、無しになってしまったのである。
……そのためか、
「マぁールぅーヴぃーナぁー! ご飯、でっきたよー!」
マルヴィナを家に泊めるばかりでなく、いろいろ世話を焼いてくれるのであった。
マルヴィナが来るなり振り返ったリッカは、
「はぁい、はいはい。マルヴィナ、これちょっとテーブルに」
とか言い、大皿二つをいきなりドンと渡す。
重くはなかったが、不意打ちかましてくれるものだから、バランスをやや崩した。
フラフラしながら、食卓に二皿追加。リッカの祖父ファベルトの目が点になる。
食事しながら、リッカは今日のニードに対して憤慨していた。
「何っなのよニードったら!
怪我して、体調よくないマルヴィナいきなり突き飛ばしたり殴ったりしてさ!」
どちらも未遂ではあるが。
「でもさすがマルヴィナ。旅人。反撃格好良かったわ!
……それにしても、マルヴィナまだ若いのにさ。どうして旅なんか」
マルヴィナは、旅人を装っている。
ちなみに、年は人間界で言うと、これでも十九歳である。
背丈からすれば十五、六に間違われるだろう。
とりあえず“若い旅人”は答えた。
「……故郷から出てしまった、いや、出された、かな?
追い出されたんじゃなくて……“出されて出てしまった”っつうか……」
間違ってはいないのだが、説明しづらい。迷い、迷って、ようやく言えたのはそれである。
そんなマルヴィナにリッカは、
「そっかあ……苦労したんだね、マルヴィナ」
そう、しみじみ言うのだった。

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