ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――1―― page5
「……そう」
シェルラディスの死を、心苦しげに告げたケルシュに、シェナは思ったよりも冷静に答えた。
「……なんとなく、想像はしていたの。……駄目ね。覚悟はしていても、受け入れるのは厳しいわ」
「……シェディ様も、同じことをおっしゃっていました」ケルシュは顔を伏せ、言う。
「貴女がお生まれになり、母君が亡くなられたとき」
「……そっか」
シェナは虚空を見上げた。
「……最後の言葉は、覚えてる。邪に屈するな、死を見るな――……忘れたことはなかったわ。
なかったのよ。………………でもっ……」
「シェナさま?」
いつの間にか視線を落とし、シェナは苦しげに顔を歪めていた。けれど、それ以上は、語らなかった。
ケルシュはその様子にただならぬものを感じる。『でも』?
どうかされたのですか。言いたかったが、言ってはならないような気がした。何とも言えぬ沈黙が落ちる。
が、ふとシェナは、その表情を元に戻すと、ケルシュを見た。
「そういえば、今の里長は誰が務めているの? ケルシュ?」
「いえ、私など。ラスタバです」
「ラスタバ……あっ」シェナはいきなり、弾かれたように身を乗り出した。「ねぇ、ディアは? 彼は――」
シェナのその問いに――ケルシュは、その表情を、隠せなかった。
――哀切。
・・
「……三百年前――あの後、命を落としました」
「――――――――――――――――――――――――――っ!!!」
シェナの顔が、蒼白となった。
顔を伏せ、毛布を握りしめて。
けれど、彼女は、呟いたのみだった。
眸の奥に生じたものを堪えながら――「そう」――と。
・・
先程より気まずい空気を作り出してしまったその部屋の雰囲気を変えたのは、あの三人だった。
「ただいま――あぁっシェナ、目が覚めたのかっ!!」
里長の家に『ただいま』とか言って、マルヴィナはそのままシェナに気づき、駆け寄る。
ずっと騙し続けていたことを思い出して、シェナは目をそらして、小さく答えた。
「で。シェナ。なんかいう事あるだろ」
あぁ、やっぱり。シェナは、反射的に肩をすくめた。ずっと騙してきたこと。やっぱり、やっぱり――
「なんで体調悪いこと、黙っていたんだ! 熱があるならちゃんと言う、ちゃんと言って休む!
身体壊したらどうするんだ!?」
「………………え?」
想像していた言葉とは別のそれに、シェナは思わず目をしばたたかせた。
見れば、入口に立つキルガは「だから大丈夫か、って聞いたんだ」と苦笑するし、
セリアスは「もっと頼れもっと使え、まったく!」と口調の割に笑っている。
……誰も、言わない。隠していたこと、騙していたこと。
シェナは、ようやく――今更――今になって初めて、悟った。
自分は、無駄に怯えていただけなのだと。
どこの出身だろうと関係なしに、彼らは自分を認めてくれるのだと。
言い表せぬほど胸がいっぱいになり、シェナは思わず歯を噛みしめた。
あまりにもあっさりと許してくれた――却って、辛くなるほどに。
……それでも、言えない。
“ ―………………でもっ……― ”
その先の、言葉だけは。
「ところでマルヴィナ殿――首尾はいかがでしたか?」
ケルシュが改まって、マルヴィナに問う。が――彼女は、「あー」とお茶を濁しかけて、けれど素直に言った。
「うん。追い返された」
「……はい?」
「追い返された。機嫌損ねられてさ」セリアスだ。「一体何のために来たんだろな、俺ら」
はっはっはっ、と力なく低く笑うマルヴィナとセリアスの二人は結構不気味だった。
「でも、この里はガナンと戦った人々がたくさんいるんだろ? 何かつかめるはずだ。
ここで諦めるわけにはいかない。……だから、わら布団で構わないからここに滞在する許可を欲しいんだが」
「……いや、あの、マルヴィナ殿。……お客人に、ましてシェナさまのご友人に、
そんな不躾な真似はできませぬ。宿屋をお使いください、無料で提供いたします」
「え」マルヴィナが若干上ずった声で言う。「いいの?」
「構いません。私が話をつけておきましょう」
「わ、ありがとうございます!」マルヴィナが手をたたいて喜び、ケルシュは早速宿屋へ向かう。
彼の姿が見えなくなったときに――黙っていたキルガはぼそりと言った。
「……狙ったな」

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