ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅶ 後悔 】――1―― page3
――桜の神木を崇める地、エラフィタ。
村は珍しく、活気にあふれていた。
一年に一度、自分の健康を神木に感謝し、祝う祭りがある。それが、今日だった。
村はずれの家に住むクロエは、その桜を見上げ、目を細めた。木の周りには聖水が器に入れられ、
人々の踊りに合わせて波紋を作っている。
――数十年前にはあった石像は、今はここにはない。
「……今年も、やってきてしまった。あの人のいない祭り……石像のない祭りが。……それでも」
クロエは、神木の眩しさに、とうとう顔を下げる。
「もう過ぎたこと……関係のないこと。あの人は、もういない」
神木の丘のふもとから、クロエの旦那ジャコスが登ってくる。ほかの老夫婦たちは、もう踊り始めている。
クロエ、と呼ぼうとして、口をいきなりふさがれた。驚いて後ろを見ると、自分より明らかに背の低いはずの
ソナがいた。背伸びしたらしいが、背が低く、ましてや自分より丘の低い位置にいるのだから、
どう考えてもふつう届く高さではない、一体どんな方法を使ったんだと思ったが……今はほかに聞くことがある。
「どうしたんだい?」
そんなジャコスの問いに、ソナはまずは口を開かず、服の背を引っ張って丘から引きずりおろす。
「と、と、とっ、ほぇっ?」
「ほぇ? じゃないよ。……今は、おひとりにさせてあげなさいな。
分かるでしょう、クロエちゃんは、今でも忘れられないんよ」
「……ラボオ、かい? “もとかれ”の」
若い言葉を使ったからか、棒読みである。
「そ。四十年も前だけど、悩んでいるんだわ。しばらく、そっとしておきよ」
ソナはクロエを、そっと見やった。目を細める。逆光で影の形をしたクロエの目先に、ソナは、
ここにはいないはずの、もう一人の若き頃の青年を見たような気がした――……。
「ま、そういうわけで」
戻りまして、カラコタ橋(例のならず者たちの橋の名である)。
ぽっかーん、と口を開けるばかりで本来するべき質問をできなくなっている仲間に代わり、シェナは、
「早く答えなさい、誰なの? 今、果実を持っているのは」とさっさと話を進める。
「はっ、へぇ、? ……あ、あぁ、」
かなり舌をもつれさせて、あわててふぅ、と息を吐くメダル。
「……ちょっち言いにくいんだがね……この橋の南西の“ビタリ山”ってところのふもとに住む
老人でな……名前までは知らんが……」
「あ、俺知ってるっすよ」
デュリオが嘴を挟む。
「早ッ」
「名前は?」
マルヴィナが引き、シェナが尋ねる。
「えぇと、……あれ、何だっけ」
とたん空気がシラケる。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。えっと、確か、ラ――ライジン? ライオン? なわけねーか……
あ、そうだ、ラボオだ」
「ラボオ、か」
同じ時間帯、ジャコスは遠いところを見る。
「……結局あいつは、戻って来んかった……何が五年で戻る、じゃ……」
「いいえ」
ソナは細めた目をジャコスに向ける。
「ラボオは戻ってきたわ。……十一年後の、ちょうどその日に」
「十一年」ジャコスは瞬きする。「いや、しかし……その時は」
「そうねぇ。……あなたとクロエちゃんは、すでに結婚してたわね。そりゃぁラボオにはショックだったろうけど……
あの時わたしは、あの人を平手でたたいたのよ。“当たり前よ”ってね」
そんなことを全く知らなかったジャコスは、思わず口を閉じかけ……だが、結局、言った。
「……なぁ、ソナちゃん。一つ思うんだが」
「なぁに?」
「……・・ラボオは……今、何をしていると思うかい?」
クロエが顔をあげている。ソナはその影を見ながら、
「そうね……」
口をほとんど動かさずに、ゆっくり呟く。
「生きているか、死んでしまっているか、結婚しているか……それは分からない。でも」
桜色の風が吹き渡る丘のふもとで、ソナは微笑んだ。
「あの人は、クロエちゃんのためだけに、何か大きなことを成しとげているはずよ」

小説大会受賞作品
スポンサード リンク