ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅵ 欲望 】――2―― page1
――夜のこと。
暗くなった空に、星が散らばり、月が孤独に輝いていた。
漆黒の海にその月が浮かび、波に合わせてゆらゆらと揺れる。
静かな村に、さざ波の音だけが広がる。
マルヴィナは、目を閉じて、潮風にあたっていた。
オリガの家を訪ねた四人だったが、その後彼女が村長の家に呼ばれたために、彼女を待つ状態となっている。
その時間を利用して、マルヴィナは一人、自分の世界に入り込み、気持ちを落ち着かせていた。
……月。
今宵は、満月ではない。端の少し欠けた、未完成な円だ。
それを、見ながら。彼女の記憶は、数百年前にさかのぼる……
「きるがー、せりあすー」
天使界へ送られてきて間もない、人間界で言えば五歳程度の小さな見習い天使がいた。
マルヴィナである。
短い髪をばさばさに振り回して、ついでに手もぶんぶん振り回して、名を呼んだ二人のチビ天使のもとに走る。
真っ先に甲高い声で反応したのは、髪の毛もまだぺしゃんこのセリアスである。
隣のキルガは……なぜかこの頃からすでに妙に可愛い可愛いと言われ女天使たちに人気であった。
「うーい。マルヴィナぁ、お師匠さまきまったー?」
チビセリアス、いきなりチビマルヴィナに痛いところを突く。
「……う……きまってない」
「セリアスは決まってたっけ?」
チビキルガ、すかさずツッコミ。
「きまったぞー、今日! テリガンさまだ!」
たちまちチビマルヴィナとチビキルガの頭上に疑問符が急増する。
「しらないのか」
「ぜんぜんしらないー」
チビマルヴィナ、即答。
「でもこれで、きるがもせりあすもお師匠さまきまっちゃったね。あとはわたしだけかぁ」
後から知ったのだが、彼ら三人は、異常な時期に天使界に送り込まれた。
もしかしたら、神が作り出した生命ではないのでは……とも言われている。
どちらにせよ、準備ができていなかったので、師匠を決めるのにも
(あるいは天使が師匠になると名乗り上げるまでにも)一苦労をかけられていたのだった。
が、そんな会話を、黙って聞き続ける上級天使もいた。
彼は、上位の優秀な天使でありながら、弟子をとったことがない。
そんな彼が、不満げに頬をふくらます小さなマルヴィナを、じっと観察するように見ていた――。
***
天使界は、マルヴィナたち三人を巡って話し合いが度々あった。
幼い天使のころは、成長が早い。あれから数十年、マルヴィナたちは人間界でなら十四歳程度となっていた。
彼らは、皆それぞれ不思議な能力を秘めていた。
キルガは、知識の呑み込みが早い。天使界でも優秀であり、またイザヤールと同じ時期に天使界へ送られた
ローシャと言う名の女天使が、彼の師匠に任命された。
が、ローシャもキルガに物事を教えた後はたじたじの様子である。彼は優秀すぎた。
もう教えることがほとんど残っていない、と時々ローシャはラフェットに話している。
セリアスもそうだ。もっとも彼の場合、物事を考える能力は浅いが、守護天使に必要な戦闘能力は半端ない。
彼は日々の鍛練で、剣から棍から槍から、さらには徒手空拳まで、戦いの才能を発揮している。
彼の師テリガンはやや年老いたベテランの天使であり、様々な武器を教える立場にあった。が、そんな彼もまた、
セリアスの能力に舌を巻いていた。
最も考えさせられるのは、マルヴィナである。彼女には今だ師匠がいなかった。
おそらく、否、完璧に天使界史上師匠がいない点において最遅であった。
それは、彼女が最も天使らしく、その一方で天使らしくないからであった。
マルヴィナは守護天使に異常なまでの憧憬を抱いていた。そのために、守護天使に必要な知識を
なかなか覚えられないながらも必死に勉学に励もうとしていた(励んでいたわけではなかった)。
だが、それよりも、マルヴィナには異常な能力があったのである。
それは、邪悪に人一倍反応すること、呪いの類を一切寄せ付けないこと、
古の天使界の歴史を何故か[覚えていること]である。
最後のそれについては、無論すべての出来事を知っているわけではなかったのだが、歴史書の保管される
守護天使記録書物庫に入ったことすらない見習い天使が何故数千年前の出来事を知っているのかが謎だった。
また、彼女は、現在鍛錬の剣術で、年少で女ながら一番の実力を持っていた。
神秘の能力を宿し、古の記憶を持ち、また剣の才能に優れた謎だらけの少女天使。
彼女の師匠になろうとする上級天使はいなかった。
が。そんな中でただ一人、ラフェットは気付いていた。
自分の幼なじみが、かつてない雰囲気を漂わせていることに。
その少女天使に、長年、惹かれるように、あるいは考え込むように観察し続けていたイザヤールの心情に。

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