ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅡ  【 夢 】2


 消えかかったたき火を見て、マルヴィナは体操座りをした。

 今夜の不寝番はマルヴィナとキルガである。先にマルヴィナ、後にキルガ、日付が変わってしばらく経つから、
あと半時余りでキルガが起きてきて交代するはずなのだが――代わったところで寝られそうになかった。
寝られないのに寝ようとするのはこれで結構厳しいので、大抵そういう時は起きたまま不寝番を続ける。
今日もそうしようかな、と思っていると、キルガとセリアスのいる側のテントの幕の開く音がした。
「あぁ、キルガ……まだちょっと早いよ?」
「いや、いいよ。一度起きてしまったら、また当分寝られない」
 言えてる、と相槌を打って、マルヴィナは座る位置を横にずらした。
「マルヴィナこそ、寝ないのか?」開けてもらった位置に座り、キルガは手を温める。
「うん、寝られそうにない」
「そっか」
 キルガは天を仰ぎ、口をつぐむ。
「あのさ」
 マルヴィナはやはり、気になっていたことを聞き出したくて、声をかける。
「何でもいいんだ。何を知っているの? わたしが見た夢の……あの魔物について」
 キルガはまだ考えていたのか、と少し苦笑した。
「いや、本当にあり得ない話なんだ、気にしないほうが――」
「いい」
 一言で、瞬殺される。なおも説得しようとしたが、マルヴィナはあくまでも真剣だった。
「………………・」キルガは困ったように視線を一度そらしたが、軽くため息をつき、
本気にするような話じゃないことは分かってくれよ、と前置きをしてから、ついに話し始めた。

「ずっと前――そうだな、僕が守護天使になる少し前だったか……酒場でディムさんに不思議な話を聞かせてもらってね」
 キルガは、師匠のローシャがよく行くために、彼女を探すべく酒場に行く(あるいは行かされる)ことが多かった。
そのため、自然と酒場をよく利用する天使たちと交流が深くなったりするのである。
ディムという天使もそうで、彼は守護天使を引退した初老の天使である。
その年のおかげか、なかなかの情報通であったのだ。
「世界は、一つだけじゃない――さまざまな次元の違う世界がある……
いわゆる並行世界、ってものがあるといわれているんだ」
「並行世界」
「あぁ。多分……マルヴィナの言っていた、“未世界”ってやつも、その種類なんじゃないかな」
 なるほどね……マルヴィナは肩をすくめる。でも、訂正、言ったのはマラミアね、とツッコむところはツッコんだが。
「並行世界は、絶対に行くことのできない場所だ……行くべきでもない。けれど、この世界の生物が
そこに[通じる]ことのできる場所がある」
 マルヴィナは無言のままに話を促し、キルガはそれに応える。
「『夢の中』だ」
 マルヴィナは目をしばたたかせる。
「……じゃあ、わたしは夢を通じてその並行世界に通じていたってことか? ……なんか言葉が被ったな」
 自分自身にツッコミを入れたマルヴィナに少しだけ笑ってから、多分、とキルガは答えた。
「で――次は、テトさんから聞いた話だけれどね」
「あぁ、アレクのお師匠さん?」  (アレク……>>222 参照)
「そう。……おなじ、その並行世界の話だったんだけれど……やはり、未知の世界だから、さまざまな生物がいる。
言い出すとキリがないけれど――まぁ、代表的なものをあげれば、人間とか、獣とか、人魚とか、霊とか――
もちろん、魔物だってある」
「魔物……」
「かなりの力を持ったものだっている。……」
 そこで一度、キルガは黙る。もう一度言うけれど、本気の話じゃないから、と呟いてから、最初の質問の答えを話す。

「……テトさんに聞いた強大な力を持つといわれている魔物に、マルヴィナが言っていたような奴がいたんだ」


 マルヴィナは笑わなかった。あくまで、真剣に受け止めた。
「まぁ、その並行世界自体、本当にあるのかどうかなんてはっきりしていない。昔から伝わるものではあるけれど、
すべて嘘だっていう可能性だってある」
「『煙のないところに火は立たない』っていうけれど?」
「まぁね――ん? ……マルヴィナ、逆。『火のない所に煙は立たぬ』じゃないか?」
「え?」
 思い返して、マルヴィナは少しだけ固まってからあさっての方向を見た。
「ともかく」無理やりその言い間違いを無視し、マルヴィナ。「わたしはその話、ありかもしれないって思う」
「そうか? まぁ……信じるのは、その人次第だからね」
「キルガは信じていないの?」
 キルガは質問を聞いてから少し考え込み、天を仰ぐ。
「そうだな……信じるだけの理由はない。でも、信じない理由もないからね」
「………………」
「答えになっていないか。まぁ、あえて言えば――」
 ふっ、と視線をマルヴィナに戻して――言葉が途切れる。
マルヴィナが、ぐらりと揺れた―あえて言うなら、そんな感じだった―瞬間、どさり、と横に倒れる。
いきなり気を失った彼女に驚き、言葉を失ったのだ。だが、容体は確認しなければならない。
「マルヴィ――」
 ナ、とまでは言えなかった。
次いで、キルガもまた。目の前が急に歪んだかと思うと、
頭に重みが増したような気がして――彼もまた、気を失った――……。


   ***


 きっかけは何だったのだろう……?
寝ていたはずなのに、目を覚ましてしまったシェナはそう思った。
だって、周りは、真っ暗なのだから。

 何もない、何も見えない、黒い世界に、シェナは一人立っていた。
(……久々に見るわね、こんな夢)
 嘲るように、笑って見せる。昔は、ずっと前は。小さなころは、終わりのない闇、出口のない世界に、
怯えて、震えて、泣いていた。皆に会ってから――マルヴィナたちと出会ってから、しばらくして――
こんな夢を見ることはなくなった。溜まっていた不安、恐怖、失望心が薄れていったからだろうか。
(……やっぱり、動揺はこんな形で出てくるのかしら)
 ガナン帝国……度々現れるようになった、忌まわしい者たち……
これは奴らの影響から引き起こされた夢なのだろうか――
(……………………・・?)
 思って、気づく。[夢]?
どうして、そんなことがわかる? なぜ、夢の中にいるなんて……思ったのだろう?
自分の意識がある、夢世界――違う、ここは夢じゃない。
 今更、昨日のマルヴィナの話から思い浮かんだ一つの名詞が言葉となって出てくる――

「並行世界……!」


 そこは、マルヴィナの言っていた世界――。





「う……」
 マルヴィナは、頭を振って、視線を上げた。そして、目を見開く。
(ま、まただ! また、この世界だ……っ)
 確か、確かキルガの話だと……そう。

『並行世界』。

(ど、どうしよう。不寝番だったのに……え、ちょっと、ここ、出口はどこなんだ!?)
 オタオタと、あたりを見渡す。どうすればいい? どうやって戻れば――

「マルヴィナ!?」

 突然、自分の名を呼ばれたことに驚き、次いでその声にも驚いた。
「えっ、シェナ!?」
 同時に駆け寄り、無意識に互いの手を合わせる。感覚がある。
「マルヴィナなのね、よかった。なんだか安心したわ」
「わたしもだ。……ところでさ、シェナ、……ここ……」
「えぇ」シェナは頷く。「まさか、あんな有り得ない推測が当たっているとは思わなかったわ」
「並行世界……ってこと?」
 シェナは目をしばたたかせる。「なんだ、知ってるの?」
「キルガに聞いた」あっさりと答える。「で、そのあと気が付いたらここにいた――」

「マルヴィナ、シェナっ」

 タイミングよく、二人の名前を呼ぶ者の声がする。今度は驚かず、またその声にも通常通り反応した。
「キルガ……え、セリアスも!?」
「いやいやちょっと待て」セリアス、ツッコミ。「なんで俺には驚くんだよ」
「ごめん、まさか一緒にいるとは思わなかった」
「僕も驚いた」苦笑して、キルガ。「セリアスにはもう説明はしておいた」
「あ、そう……で」
 マルヴィナは頷いてから、順に皆を見回す。
そして、これからどうすればいいのだろう――そう言おうとした時だった。



「 ――――――――――――――――――――――――――― 」



 再び、あの咆哮が轟いたのは。



「「「「っ!!」」」」
 シェナが耳をふさぎ、キルガとセリアスが頭を押さえ、マルヴィナは目をぎゅっと瞑った。
 [例の]声だ、マルヴィナの説明がなくとも、三人は直感的にそう思った。
 余韻は長かった。聞こえなくなっても、記憶という形でその音、否声が耳に響いて、動けなかった。
だが、

「みんな、行こう! きっとあっちに居る」

 マルヴィナは、その正体を突き止めようと、促した。
「待て、マルヴィナ!」が、セリアスが止める。
「得体が知れない奴に無理に突っ込んでいくのは危険だ!」
「でも、ここでこのまま立っていても、何も変わらない!」
 即答された言葉に、セリアスは言い返す言葉が見つからなかった。それは、セリアスの中で、
行かないほうが良いという思いと、行ったほうが良いという思いが、もやもやとした形で互いを押し合っていたから。
「……行こう、セリアス」
 キルガがセリアスの肩を叩く。
「そうね。ここに居ても何かが起こる確率は極めて低いでしょうし。それに、何かあっても、
私たちなら何とかできる――でしょ?」
 シェナが笑い、セリアスは黙る。
考える必要はない。……どこかで、肯定しているのだから。
「…………分かった」
 セリアスは一度目を閉じ、そういうと、視線を上げて、
「――行こう」
 自分を奮い立たせるように、三人に頷いて見せた。