ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅵ 欲望 】――2―― page2
「……はぁっ!」
「ぬぅっ!」
……天使界、鍛錬所。
鍛錬の内容として剣術をとっている見習い天使、あるいは守護天使候補たちの視線の先には、
実力者であるマルヴィナとセリアスの一騎打ちがあった。
またしてもマルヴィナの師匠を決めることについての議論に駆り出された上級天使に代わって
審判を務めさせられているのは、槍術からセリアスに強引に連れてこられたキルガである。
一応彼も暇だったので別によかったのだが、
「せぃっ!」
「はっ!」
……さすがに見ていて飽きてきた。
二人は表向きには互角である。が、息の乱れを見てみると、優位に立っているのはマルヴィナであった。
セリアスはだんだんと息が深くなってきているが、そもそもマルヴィナは汗ひとつかいていなかった。
いくら好きなことだからって、ここまでいくものなのかなぁ、と若干呆れ気味に考えていたキルガの視線が、
ふっと戦う二人から外れた。まず初めに視界に入ったのは、自分の師匠ローシャである。
会議に参加していたはずじゃ、と思ったが、次いで現れたラフェットと、さらにその横の生真面目な顔つきの
坊主頭の上級天使を見て、もしかして、マルヴィナに何か用があったのか、と考える。
「……あの人、イザヤールさんだっけ?」
剣術をとっていた幼なじみフェスタの問いに、キルガは頷く。「確か、剣術においてもかなりの実力者だ……
マルヴィナに用事があるのかも」
「マルヴィナに? あぁ……あいつ、今だ師匠が――あ」
と。
「っせぇやああぁぁっ!」
フェスタが何かに気付いたのと、マルヴィナが気合いの声を発したのは、ほぼ同時であった。
はっとして視線を戻すと、見えた光景は、練習用の 細剣_レイピア_を横倒れになりつつぴくぴく身じろぎをする
セリアスに突きつけたマルヴィナの姿であった。
「………………え」
「……? キルガ? ……もしかして、見ていなかったのか……?」
「見ていなかった」包み隠さず、謝罪交じりに答えるキルガ。
「審判がそれでどーするっ」
「いや同じ動きを半時(天使界では三十分を表す)眺め続ける身にもなってくれ」
「半時? ……あ、ほんとだ。結構闘ったんだな、わたしたち」
「……疲れた」
セリアス、話しかけるなと言わんばかりの返答。
「そう? わたしは別に平気だけど」
「マルヴィナ、剣術になると疲れ知らずだもんなぁ」
周りの天使たちが頷く。
「でもさーマルヴィナ、強すぎっからさ。さすがに三対一くらいじゃないと無理だって、もう」
「三対一かー。それもいいな。でも、やっぱわたしは一騎打ちの方が好きだな」
「私が相手をしようか」
……そこで、別の声が届く。
マルヴィナがはっとし、天使たちがその声の主に焦点を合わせる。
……イザヤールである。
「ちょ、イザヤールっ……」
ローシャがあわてて咎めようとするが、ラフェットがそれを手で遮った。
若干口の端を持ち上げて、楽しそうな目で彼らを見る。
誰? と言わんばかりの視線をマルヴィナから受けたキルガは、素早く自分の知る情報を伝えた。
セリアスがかなり心配げな足取りで部屋の端に避難(?)し、イザヤールは先ほどセリアスのいた位置に立つ。
マルヴィナは細剣を右手に持ったまま、相手を観察した。力量がビシビシと伝わってくる。……彼は、強い。
「安心したまえ。“命令”は作動させない。が、私は相手の実力がどうであれ、決して手加減はしない。……良いな」
天使は上位の天使に逆らえない。それは、天使界の 理_ことわり_ である。
上級天使が下位の天使に“命令”というものを発動させれば、それをさせられた天使は、
上級天使の望まないことを行動に移すことはできなくなる。つまり、イザヤールがマルヴィナに動かないよう
“命令”を作動させた場合、マルヴィナは動けなくなってしまうのだが、彼はそうする気は全くない、と言うことだ。
マルヴィナは彼の実力を知らなかった、が、剣術は大好きだった。たとえ知らない相手であったとしても、
別の天使と戦えることが楽しみであった。
だから、言った。
「お願いします」――が、その勝負は、マルヴィナが思いもよらない速さで、勝敗がついたのであった――。
―――っぱぁん!!
鍛錬所に、鋭い音が響いた。
イザヤールは、正眼の構えを元に戻し、相手を改めて観察した。
目を見開き、何もない自分の右手と、床に落ちた彼女の細剣を呆然と見比べる――マルヴィナ。
「…………あっ……しょ、勝負ありっ」
キルガでさえ慌てて、試合終了の合図をした。始まってから、四十秒ほどしかたっていなかった。
「はっ……早ぇっ……」
避難し、ボーっとしていたはずのセリアスが、冷や汗を流し呟いた。それが合図のように、周りからどよめきが起こる。
あのマルヴィナが、あんな短時間で、あっさりと負けた。
相手が優秀な上級天使であったとはいえ、彼らには信じがたいことであった。
が、当然、一番焦りを隠せていないのはマルヴィナである。
剣術を初めて行った時から、負けなしの実力を持っていた。
闘うごとに、鍛えるたびに、強くなっていった。それは誇りでもあった。が――今、ここで、負けなしの女剣士は、
その称号を変えることになってしまった。――それが、悔しかった。
「――――――――――っ……ありがとう、ございましたっ……」
確かに、勝てるかもしれない、などとは考えてはいなかった。そこまで自惚れではなかった。
何が悔しいのか。それは、ここまで早く、こちらの攻撃が決まらぬままに、勝負が終わってしまったことだった。
頭を下げたまま、なかなか上げないその少女に――イザヤールは、話しかける。
「……これは“勝負”だと……侮っていたな」
「……え」
いきなり何を言い出すのかと、一瞬思った。つい、顔を上げる。
「これはただの“鍛錬”だと――どこかで、そう思っている。それが、今回の敗北の理由だ」
マルヴィナはきょとん、とした。その通りだ。だが、何故? それが、敗北の理由?
「物を習うのに、手加減は不要。鍛錬だ、練習だと思えば、自然と手を抜いてしまう。それが心情だ。
……常に、次はないつもりで励めば、その才能はさらに開花するだろう」
「……開花……」
マルヴィナは、復唱した。きっ、と、イザヤールの視線を真正面から受ける。
「……“常に本気であれ”――ということですね」
「……その通りだ」
マルヴィナは視線を落としかけ、無理やり上げた。イザヤールの目を見たまま、しっかりと頷く。
ローシャが目をしばたたかせ、ラフェットが、へぇ、と感嘆の声をあげている。
(たしかに……あの子、イザヤールが僅かに見込むほどの何かがある)
「それから、その練習用の細剣は、もう少し重いものに変えた方がいい。いささか軽すぎるようだ」
「これですか? ……これより重いものか……わたしに使えるかな……
いや、やれるか、じゃなくて……やるんですね!」
「ある程度の実績がつけば、その軽さでも十分な戦闘が期待できよう」
(あ~らら、イザヤールの奴)
普段寡黙な彼が、珍しく饒舌(彼にすればこれは饒舌範囲である)となっていた。ラフェットは、くすりと笑う。
(こりゃ、すっかりあの子気に入ったみたいだね。……多分、これならあの子の師匠には……)
それから、イザヤールがマルヴィナをめぐる会議中に自分が彼女の師匠になることを申し出たのは、
数日後のことであった。
――そんなことを思い出したマルヴィナは、ふっと目を開けた。
意識の中に、相変わらず鳴り続ける波の音が飛び込んでくる。
……なぜ、こんなことを思い出したのだろう。……あぁ、そうだ。月だ。
あっさりと細剣をはじいた彼の背には、黄金に輝く月が見えた。まだ、夜になりたての空だった。
あれが、印象的だったのだ。
……当てもないところへ視線をさまよわせたまま、マルヴィナは溜め息をついた。
何処かへ行っていたキルガが戻ってくる。情報収集していたらしい。
その後、オリガも小走りで戻ってきた。マルヴィナはもう一度、無意識に目を閉じた。

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