ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――4―― page2
おそらく、彼女の歳は十七程度しかないだろう。
だが、その威圧感、その佇まい、眸、表情、言葉――どれもが、少女らしくない。それが、ルィシアの特徴だった。
「……どこまで暴露するつもり? ……しかも、返り討ちにあって形勢逆転――言わなかった?」
ルィシアは、とても年上に向かって言うに相応しくない言葉を並べる――
「“天性の剣姫”は討てない」
そして、一般的な十七歳が浮かべる笑みとは程遠い、ぞっとするという表現も温いほどの冷笑を浮かべた。
「“黒羽”様っ……お待ちください、私は、私はまだっ……」
「残念だけど」
そのあとの言葉が思いつかなくなったハイリーに、ルィシアはあくまで無情に、言う。
その首に、自分の短剣をあてがう。
「指令が来た」
その言葉の意味は――死刑宣告。
……あぁ。
結局、同じなのね。あの時と。
……何年前だろう。
そう、あれは……例を見ない、あの大地震の起きた……そのあとのことだった。
いつの間にかはぐれてしまった弟を探しに、サンマロウへ戻った。
けれど、見つけられなかった。はぐれてから、ここに戻ってくるまで――何日もは、経っていなかったのに。
それでも、親戚に引き取られたとだけ、聞いた。
親戚なんていたことすら、知らなかった。そんな話を、聞かされたことはなかった。
死んでしまった親はそんなことを誰にも話さなかったらしい。
だから、誰一人、引き取った人間のいる場所が分からなかった。分かったのは、この町には、いないという事だけ。
気が付くと、途方に暮れたのか――私は、しゃがみこんで、池に映る自分の顔を見ていた。
そこにいた私が泣きそうな顔をしていたのは、波紋のせいなのかそうでないのかは、分からない。
どんな夜更かしでももう寝るだろう、そんな時間だった。誰も、気付いてくれなかった。そう思った。
「何してんの? あんた」
いきなり、突っぱねたような、気だるそうな声が後頭部からした。驚いて、そのまま振り返る。
夜闇に溶ける髪色、瞬く翠の眼。見たことのないくらい綺麗な少女だったのに、
その眼はおそらく年下であろう少女に似合わないほど凶悪に光っていた。
けれど。私に、気付いてくれた。思わず、答える。
「弟を探しているの」
「そうは見えないけど?」
痛いところを突かれた。ハイリーは目を伏せる。
「……強制、ってのは趣味悪いしね」
「え」
何か呟かれた気がして再び顔を上げるが、少女は答えず、言った。
「……そいつを見つけたいなら、来る? っても、ただの傲慢な皇帝がふんぞり返ってる、馬鹿みたいな国だけど、
一応世界には行ける」
随分な言い方をした少女を呆気にとられたように見る。だが、ハイリーは首を振った――横に。
「それは嬉しいけど、でも、もし見つけたら、私は国にはいられない。だから……いい」
「そりゃそうよね」
諦めたような、だが――危険な、声がした。思わず身をすくめる、より早く、首にあてがわれた、それは短剣。
驚愕すらできなかった。そうしたら、すぐにでも喉を切り裂かれそうだったから。
「……だがらしゃーないけど、強制的」
「……………………………………」
「なんで、って顔してるわね」短剣を持ったまま、嘲笑する少女。
「……傲慢でふんぞり返ってる皇帝の面倒な命令。適当な人間を集めろってね……悪いけど、付き合ってもらうわよ」
その日の記憶は、そこで途切れた。
いやだった、でも、世界を見ることはできた。ようやく見つけた弟。
だけど、出してもらえない。帝国からは、出られない。
だから。出してもらうために。
願いを、聞いてもらうために。
そのためには、
―――これしか、なかったのだ。
マルヴィナが叫んでいた。
ハイリーは、首から流れるモノが赤色をしていることに気付きながら――倒れた。
身動きができないその場所で――ハイリーは呟いた。せめて、知っておいてほしかった。
眩しすぎるほどに強くて、純粋で、優しい、優しすぎる娘に、敵でありながら私の名を必死に呼ぶ彼女に――
「……ごめん……
ティル」
「っ!!?」
マルヴィナは目を見開き、思わず手を止めた。
探していた人。
“― お姉ちゃんがいたんだけどね ―”
ティルの言葉が、繋がる―――!!
止まったままのマルヴィナの前で、ハイリーは静かに――その生涯を、終えた。
命の喪失は、怒りに。マルヴィナはまだ温かい彼女の手を少しだけ握ると、その騎士に向き直った。
「……ルィシアっ……・!」
「……ふふ」
赤黒い騎士は、面白いわけでもないだろうに、小さく、冷たく、笑った……。
シェナは、思わず後退した。ガナンの者に対して、さっきはあんなに動けたのに。もう、動けない。
セリアスは体制を低くして、背に手を伸ばす。キルガはいつでも動けるように構えた。
私だけ、この体たらく。
でも、
――でも。
「こうやって言葉を交わすのは初めてね、“天性の剣姫”。――あたしは“黒羽の妖剣”……名は、知っての通り」
ルィシアは顎をくっと上げ、髪を払った。何か言いたげなマルヴィナを見て、鼻で笑う。
「勘違いしないでよ? これは皇帝の命令。あたしが殺したくて殺ったわけじゃない――こいつと同じよ」
「―――――――くっ!」
ぎゅう……と、拳を握りしめた。悔しい。何もできなかった。
敵とはいえど、目の前で、人を殺されてしまった――……。キルガが感じていた苦しさが、少しわかった気がした。
「……帝国はマルヴィナを、狙っているのか」キルガが言った。ルィシアは視線をキルガに向け、嘆息する。
「やっぱり、ばれるか。残念――まぁね、今は、最も驚異的な存在だって、あんたたち四人は帝国の噂よ」
「!!」シェナはびくりと肩をすくませた。心臓が、かつてないほど早く動いている。どうしよう。
どうしよう、言われる、このままじゃ、言われて――……。
「けど、あたしはあんたたたちには興味ない。……あるのは、あんただけ」
ルィシアは手にした短剣を左に持ち替えて、その腰のレイピア―マルヴィナのものと似ているが、
生々しい色をした、例によって赤系の色の剣である―を抜いた。レイピアと併用しているということは、
左手にあるのはマンゴーシュだろう。
マルヴィナは歯ぎしりした。激昂し、混乱し、なにより傷が完治していないこの状況では、戦うことは困難だろう。
加えて、彼女の剣は、先手必勝の魔物専用。刃を躱すのには向いていない。
となると――……。
マルヴィナは唇を噛んだ。弾かれた隼の剣を拾い上げ、構える。
「マルヴィナ!?」仲間の叫ぶ声がしたが、反応する余裕はなかった。
マルヴィナのものもそうだが、ルィシアのレイピアは刺突用のものではなく、両刃である。
天使界での剣を躱す練習には刺突用のフルーレもしくはレイピアを使っていたために、
刃のついた攻撃はいつも自身の剣の刃を使って受け流していた。今回、それができない。
となると――
「マルヴィナ、駄目だまだ傷は治ってない! 俺が相手をする、」
セリアスが言いかけ、ルィシアに笑われる。
「言ったでしょ、あたしはあんたたちには興味ないって――もしかして馬鹿なの?」
「あぁそうだ、俺は馬鹿だ、だから邪魔する」
「暑苦しい。仲間なんて、よく持つわね――」
「――目覚めよ」
ルィシアの笑みが消えた。マルヴィナが、もう一つの剣を持っていた――その使い物にならなさそうな剣を
どうする気かと呆れかけたとき、その形に気付いて顔をしかめた。
「目覚めよ、この剣に。汝と共にある者のもとへ戻れ――空の英雄!!」
マルヴィナは叫んだ、だが。
剣は、何も起こらなかった。何の変化もなかった。違う。空の英雄じゃ、なかった。
「…………は」
ルィシアは笑う。
「それ、まさか、銀河の剣……? あんたが、それを持つの?」
ルィシアは一瞬とはいえど肝を抜かれたことに腹立ち、地を蹴った。
……闘いが、始まる―――。

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