ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――4―― page3
「シェナ、何かあった?」
――夕方から夜になるような、そんな時間。
マルヴィナは、里長の家の前の墓に手を合わせるシェナを見つけた。
「マルヴィナ」
シェナは応え、まぁね、と顔を曇らせた。
両親と、祖母。少し離れた位置にある、ひとりの少年の墓。
「……ドミールに伝わる『真の賢者』ってね」
シェナは、心配してくれるマルヴィナの優しさに甘え、思っていることを話し出す。
「生まれる前に父親を、生まれたときに母親を亡くす……って言われがあったみたいなの。
その子に宿った魔力が、吸い取ってしまうからって」
そう、そしてシェナは、まさにその境遇にあった。
「私が……その『真の賢者』と呼ばれる者」続ける。
「……どうしても、そう思えなくて……ううん、思いたくなくて」
ゆっくり 首_コウベ_を垂れる。
「……どうして?」
「だって」シェナは唇を噛んだ。「私が生まれたことで、二人も死なせたのよ? しかも、両親を……
それに、そんな称号があったって、未熟なのには変わらない。……未熟だったから……だから……っ」
シェナの視線が転じる。その先――ディアの眠る墓へ。
離れない。あの光景が。
あの姿が。
あの思い出が。
――あの言葉が。
ア イ シ テ ル 、 シ ェ ナ
“ 無上の恵愛を、貴女へ――優美なる人 ”
古の言葉を使うことを好まなかった彼が、シェナに示した最後の存在の証。
どれだけ必死に考えたのだろう。
どれだけの想いを、言葉に込めたのだろう。
だが、その若さゆえに率直に刻むことのできた言葉は、もう昔の出来事。
昔だからこそ、もう戻らないからこそ、シェナは辛かった。
……あの時私に、もっと力があったなら。
「……称号ほど立派な存在じゃない」シェナは震えた。
「犠牲の上でしか生きていないのに。……何が、何が、『真の賢者』よ。……私は」
私は、……。
「……今のままじゃ、そうかもしれないな」
不意に、マルヴィナが言った。重い、低い声で。
「確かに今のままじゃ――シェナは誰かの犠牲の上で生きていることにしかならない」
――否。それは、厳しいというのが一番合っている――そんな声だった。
少し驚いて、シェナはマルヴィナを見る。真剣な目を、見た。
「……いや……それだけでしかない、というべきか。……事実は変わらないかもしれない。
でも、[だからこそ]――ってものが、あるんじゃないか」
思わず、問い返した。蚊の鳴くような、小さな声ではあったけれども。
「そんなことがかつてあった、そう思うだけじゃ、何も変わらない。……もう、そんなことを起こしたくない、
だからこそ強くなって見せる、前を見てみせる――そう思わないと、本当に『犠牲の上の者』でしかなくなってしまう」
黙って聞くシェナの手を握った。
「シェナは頑張っている。わたしたち仲間を守ってくれる。そんなことは思うな。
この方たちを、犠牲者で終わらせるな。
……そうじゃないと、可哀想な人で終わってしまう――そうなってほしくないだろ?」
どうして彼女の言葉は、ここまで心を軽くしてくれるのだろう。
それはきっと、彼女だから。
マルヴィナという、ひとりの人格だからこそ、ひとりの戦友だからこそ、紡ぎ出せる言葉。
――マルヴィナ、私は、貴女が羨ましい。
でも、貴女に出会えたことに、感謝したい。
「あぁ、ここにい――」
突然、後ろの階段から、月を背にしたチェルスがやってきた。いつの間にか空は暗い。
マルヴィナは振り返り、その名を呼んだ。
シェナは噂の人物が現れたと、同じように振り返って――
「「!!?」」
そして、二人は見つめ合った。
シェナと、チェルス。驚いたように、戸惑ったように、弾かれたように。
「……え」
マルヴィナが困惑して、二人を見比べる。「どうしたの?」
「え? う、ううん」
「い、いや」
だが、マルヴィナの言葉に、同じような反応を見せると、互いに目をそらした。
じゃあ、時間も時間だし、と言って、シェナは戻った。最後に、ありがと、という言葉は、忘れなかったけれども。
「どうかした?」
訊ねたのはマルヴィナだった。チェルスはその質問が今の反応について聞いているのか、
訪れた理由を聞いているのか分からなかったが、とりあえず後者の答えを言った。
「まぁ、ちょっくら暇潰し――体調は?」
「良好」
「問題なし」
にやりと笑って、チェルスは一本の棒――否、剣をマルヴィナの足元に放って寄越した。
「……え」
「一本、勝負してみないか」
見れば、チェルスの手にも同じような剣が握られていた。
拾い上げ、観察する。それには鍔らしいところがなかった。握りの部分を例えるならば――篭手。
篭手の装飾のようなものから、剣身が生えている――といった感じだろうか。
鍛錬というからもちろん刃はないが、それにしては威力が高そうだ。しかし、ひどく持ち辛い。
「パタ、って剣が基だ」チェルスは言った。「持ちにくいだろ。下手すると手首を痛めるから気をつけな」
「ちょっぴり厳しい鍛錬にはおあつらえ向きってか」マルヴィナは苦々しげにも笑って言った。
「そーゆーこと」びゅんびゅんと重く振り回しながら、チェルスはぴたりとマルヴィナに向けた。
マルヴィナも感覚をものにし、ゆっくりと持ち上げ、構えた。
「……いくぞ」チェルスは静かに言い、鍛錬にしては少々荒っぽい一戦が始まった。

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