ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅴ 道次 】――2―― page1
「大神官様は、まだお戻りにならないのか!?」
世界地図で、大体は中心に描かれる、この小さな島――アユルダーマ島。
転職を司る神ダーマの眠る地として、そこにはその転職の儀式が行われる神殿があった。
その神殿に名はなかった。だが、人々はこう呼ぶ。
ダーマ神殿、と。
「最後に見たのは、やはりお前のようだな」
ダーマ神殿、フリーフロアと呼ばれる一室でメイドの仕事を務める娘に、武闘家風の男が言った。
「うん。そう……みたい」
二人は恋人同士の仲である。彼は最後に大神官と会った、という彼女が疑われないか、大いに心配していた。
――疑い。
そんなものを抱かれなければならない理由。
それは、ダーマ大神官の失踪にあった。
わざわざ遠くから転職しに来た者たちはなかなか目的を果たせないことに苛立ちを覚えていた。
それはより一層、神殿に勤める兵士たちの焦りを増幅させた。
そのため、事前に大神官に会っていた者は、ほぼ八つ当たりの対象として、
拷問のような勢いで責められたものである。
「……どうしよう。やっぱり、あたしのせいなのかな……」
「心配すんなよ、直、戻って……来るさ」
彼の言葉も、かすかに不安がにじみ出ていた。
マルヴィナ、キルガ、セリアスは地上へ着く。だが。
「っあ゛ー、よーやく着いたぁ……運転雑になってないか……?」
「うー、同感だ。少し気分悪いぞ」
……マルヴィナとセリアスは水を失った魚、
あるいは太陽を浴びすぎたモグラのような雰囲気を漂わせる表情をしていた(早い話が疲れすぎた顔)。
ちなみに、一人平気なキルガが、あまり心配していなさそうな口調でとりあえず尋ねる。
「大丈夫かい? ……気付け薬、あるけど」
「いらんわ」
薬も冗談も、……とまで言う気力は残っていなかった。
「ま、大丈夫ならいいか(ほとんど容体を無視している)……
ところでマルヴィナ、あそこに見える建物。覚えておいてくれないか。後で 転移呪文_ルーラ_ で来れるように」
「建物? ……あぁ、あれね。分かった」
ふらついた頭を手を使ってまっすぐに立て、マルヴィナはじぃぃぃぃっと
ネズミを睨む猫のような目つきでその建物を見る。……真剣にものを覚えるときの彼女の癖らしい。というか恐い。
「後で? 今行きゃいーじゃん」
サンディは自分の運転が悪評価だったことの不満も込めてつっけんどんに言ったが、
「シェナに会いに行きたいだろうって思ってね。覚えておきさえすれば、いつでも来れるわけだし」
キルガの余裕の口調に、あそ、と次いで微妙な声を出したのであった。
***
「あぁっ、マルヴィナ、久しぶり! また来てくれたんだ!」
セントシュタイン城下町の宿屋。
キルガとセリアスが先に入り、マルヴィナも入ると、
いきなりリッカが走ってきてマルヴィナにタックルした(本人曰く首っ玉にかじりついた)。それはいいが、
勢いが強すぎてマルヴィナは頭をドアにドゴンとぶつけた。……凄い音だった。
「痛……リッカ、力、強すぎ」
普段ならリッカに叩かれようが蹴られようが(まずありえないが)マルヴィナならほとんど揺らがないだろうが、
全くの不意打ちに飛びつかれてはふっ飛ぶ以外の行動はなかっただろう。
「え。……あぁゴメン! 大丈夫?」
「なんとか」
と言いながらも目線がいろんな所をさまよっていた。
「……えっと……リッカ、ルイーダさんは?」
「え? ああ、ルイーダさんなら、グラス取りに言ってるよ。すぐ戻ってくると思うけど」
「はいはーい。戻ってきてるわよん」
ルイーダ登場。相変わらず優雅で堂々としている。
「ちょうどいい所に。……ルイーダさん、シェナいる?」
「シェナさん? ……あぁ、旅の仲間ね? 職業は」
「賢者」
「あぁ、賢……あ、あの可愛いコね。酒場に引き抜いちゃった」
「……………………ハイ?」
数秒硬直する三人組。
「……引き抜いた?」
「えぇ」
「……………………酒場に?」
「だから言ったとおり」
「……いやいやいやいやいやいや。ちょっっと待ってくれ! 幾らなんでもそりゃちょ痛っ」
そこまで言ったところで、マルヴィナの頭がバシッという音をたてる。顔をしかめて振り返ると、そこに
宿屋のドアを片手で開けもう一方の手をマルヴィナの頭と同じ位置まで上げたシェナが凶悪な笑顔で立っていた。
「……わわわっ、シェナなななっ」
「取り乱すな。……戻ってきたの? 結局」
シェナは別れた時の旅装と同じ格好をしていた。マルヴィナの耳元で、呟く。
「もしかして、翼も光輪もないから、天使界追い出された?」
「……サンディと同じことを言うな」
「あ、そうそう。サンディちゃんは?」
「後でね」
今は人間の前である。
「……は、いいとして。シェナ、これからもヨロシクってことでいい?」
「ん? やっぱそーなるの? いいけど……でも、仕事残ってるし」
「はいはい」ルイーダは笑う。「仲間紹介する仕事の私が、“行っちゃだめ”何て言わないわよ」
――そんなわけで、再びシェナが仲間になったのだが。
「ここって、ダーマ神殿?」
戻りまして、青い木(Chess: 今“青い木”が“青息”になった……)。
シェナが崖の上に立つ建物を見て、言う。
「ダーマ神殿?」
「そ。転職が出来るんだって」
「転職?」
「うん。たとえば、旅芸人から武闘家、とか、戦士、とか魔法使……って柄じゃないか」
「余計なお世話だしかも好きで旅芸人になったわけじゃない」
早口で一気に言い済ませるマルヴィナ。
「……む? じゃもしかして俺、ここで戦士からバトルマスターになれたりする?」
「なれるわよ。もちろん」
「詳しいねシェナ」
「そりゃ、賢者ですから。ダーマ大神官は賢者の一人なの。……セリアス、転職はタダよ」
財布の事情を確認し始めたセリアスに、シェナは苦笑した。
「そなのか?」
「……とりあえず、行ったほうが早そうね」
一同は神殿に足を踏み入れる。
ちなみに、サンディは天の箱舟にて、壊れた部分と格闘していた。
神殿のある崖上に行くために、四人は長い長い階段をひたすらのぼる。
「362、363、364、3……ちょセリアス危ないっ!!」
セリアス、バランスを崩す。
だが、さすがはセリアス、持ち前のしぶとさでなんとか足を地面に残す。
肝を一気に冷やされたキルガとシェナは微妙な表情で溜め息をついた。
「……再開するか。えっと……何段だっけ?」
「知らないわよ。368くらいじゃないの?」
三段ずれている。
「そっか。えっと、369……あれ? ここが368? それともこっち?」
「…………………………数えるの自体やめたらどう?ここの階段は673段よ」
知ってんなら先に言え、と言わんばかりの視線をシェナに送る(が、見事に無視された)。
ようやく673段と言う中途半端な段数の階段を上り終えると、まずそこに立っていたのは二人の神官である。
現れた四人の若い旅人たちを見て、神官は右手を左胸に当て、頭を垂れた。
天使界では“光栄です”を表すが、人間界ではそうではないようだ。
とりあえず四人は止まり、神官の言葉を待つ。
「ここは転職のすべてを司る神ダーマの眠る地」
「ようこそダーマ神殿へ。……転職をご希望ですか?」
真っ先に頷いたのはやはりセリアスだ。隣でシェナが、当たり前でしょ転職の神殿なんだから……と呟く。
「……そうですか。それでは、どうぞ中へ」
神官は道を開ける。セリアスが進み、マルヴィナも倣う。セリアスはともかく、彼女は少し首を傾げていた。
「……キルガ、なんか……おかしくない?」
そのマルヴィナの後ろ、神官を抜いたところで、シェナがキルガにささやく。
「……あぁ。妙に……拒絶されているような気がする」
「……何で? ……もしかして、転職の儀式する人、いなかったりして」
シェナの予想は完璧に当たっていた。

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