ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅷ 友達 】――3―― page1


「つまり、それって……」
 サンマロウ。一番の大きな屋敷の前で、多勢が輪を作る。
 マルヴィナは、その屋敷に残された羊皮紙を指し、声を震わせる。
「お金……残ってないって、こと?」
「そういうこと、らしいですねぇ……」
 何とも居心地悪そうに、住民はそう言った。

 町一番の大富豪の一人娘マキナが誘拐された。
当然犯人の目的は身代金である。これと言った額は指定されなかったものの、町の住民に何でも与え続けた
マキナの家にもう財産はほとんどなく、かき集めたところで大した金にもならない状況となっていたのである。
「らしいですねぇって。ちょっと、あなたたちはマキナに今まで、いろんなものもらってきたんだろ?
そのお金で何とかできないのか!?」
 マルヴィナは若干声のトーンを高くして、そう呼びかける。が。
「家計が……」
「お金じゃないからさぁ……ねぇ?」
「……………………・っ」
 マルヴィナは唇をかむ。そんな勝手な……今まで世話になったものを、見捨てるというのか?
「なんでっ……」
(……これが人間なんだよ、マルヴィナ)
 キルガはマルヴィナの問いに答えるように、そっと思った。それは守護天使として、
彼女よりずっと長い実績をもつ彼だからこそ、言えることだった。
(天使は、恩義を決して忘れない。だが、すべての生き物が、そういうわけじゃないんだ……)
「くそったれ! 信じられねぇ……そんなに人の命より、自分の金の方が大事なのかよっ」
 セリアスの怒気混じりの声が聞こえた。町長の家から出てきたのである。シェナがセリアスの元へ走る。
「だめだった。町長も、話すら聞いてくれない! 確かに恩はあるけど、しょせんよその家の娘だからって……っ」
 どうやら、彼も彼なりに、町長に掛け合ってくれたらしい。が、それも無駄でしかなかった。
「……仕方ないわ」
 セリアスの報告を受けたシェナが、彼女なりの静かな怒りを目を閉じることで軽減させると、
マルヴィナとキルガに叫んだ。
「埒が明かないわ。行きましょう! 先に、マキナだけでも救うのよ!」
「えっ、でも……仮に成功したって、金を求めて犯人がまた現れたら、パニックにならないかっ?」
「…………マルヴィナ」
 キルガが呟く。こんな身勝手な言葉を聞かされてもまだ、彼女はこの街全体を守ろうとしていた。
数日の任務でありながら、確かに受けた守護天使の称号の名に懸けて。
 だが。
「……行こう。確かに、ここで立ち往生しているよりかは、助けに行った方がいい」
「後で犯人が来たとしたら、自分の行動を悔やむのね!」
 シェナがその怒りから、住民に冷徹な言葉を投げつけた。彼らにその言葉は伝わらない。
(……こんな街を……俺は、いつか……守ることになっていた……)
 セリアスは、手に込めた力を緩めないまま、そう思った。もし自分が、キルガやマルヴィナのように、
早期から守護天使になっていたとしたら、この町を守り続けられただろうか。

(“人間はな、自分の行動の意味に、時に気付かないんだ。後のことを、考えなくなってしまう時がある。
そうして、後悔してしまうことがあるのさ。……だが、その悲しみから、守る……
それも守護天使の役目だと、わたしは思うのだ”)

 この町を守護していた、師匠テリガンの言葉を、思い出す。
(……自分の行動の意味……)
 今の住民たちは、それに、気付いていない。
いつか、彼らは、後悔するだろうか。マキナが犯人たちに殺されてしまったとしたら、死んでしまったら、
その時、彼らは、どうしようもないくらいに後悔するのだろうか……。
(……止めてみせる)
 阻止したい。そうなることは、本当は誰も望んではいないはずだ。
マキナがそのまま帰って来なくなることなど、誰も望んではいないはずだ――!

「……あぁ、助けに行こう! 無事に……」
 セリアスは先ほどとは違った声色で、叫んだ。
「……誰も、後悔させたくない。だから、行こう」
 それは、“次期”、“候補”という言葉にとらわれずに決意した、一人の守護天使としての声だった。


   ***


 北の洞窟。
 話し合いの結果、適当な布に四人が所持していた貨幣を詰め、セリアスが一人で誘拐犯たちに会い、
その後ろを三人がついてゆくこととなった。
貨幣一枚ならともかく、何枚も詰め込めば、一応は重量のある鈍器と化す。それを利用し、誘拐犯たちを昏倒させ、
その隙にマキナを救出――そんな作戦がたてられた。
 が。

「……どう考えても……これだけの量じゃ、武器にはならないぞ」

 セリアスは、布を持ち上げ、そう言った。中には数えるほどの銀貨と銅貨しか入っていない。要するに四人も、
大した所持金ではなかったのである。
「……確かに、これで人を昏倒させるのは、厳しそうだな」キルガが呟くが。
「だからこそ、セリアスの出番じゃないの。無理だったとき、一番力があるのはあんたなんだし」
 シェナはそう言って肩をすくめた。
 セリアスが行くことになった理由は、まず武装した自分たちが大勢で行くと逃げられるかもしれない、という
シェナの意見、相手を怒らせるのはまずいというキルガの意見(この時点でシェナは落ちた)、そして
いざという時に反撃できる人がいいというマルヴィナの意見から決まったものである。
 もっとも、マルヴィナの意見は皆に当てはまるのだが、鈍器という慣れない武器を手にしても充分に戦えるのは
セリアスくらいしかいないのである。
「まぁ確かに、キルガは槍以外は不器用だしな」
「……ごめん」
「はっきり言われたな、キルガ」
 マルヴィナが苦笑した。


「……大丈夫かな、セリアス」
 マルヴィナがこっそり呟いた。洞窟内、こっそりセリアスの後ろについている途中である。
「責任重大」
「やり直しは聞かないしね……」
 ここにセリアスがいたら、あんたら俺にプレッシャーかけてんのか、と言われたことだろう。
『……ま……・』
「まぁ、セリアスは強いし。どうしてもまずい時は飛び出していくしかないだろうけど……まず大丈夫だと思うわ」
『……・さま……・・』
「それにしても……マキナも無事だといいけれど……ところで」
 マルヴィナ、一度声を潜める。
「……なんか、別の声、聞こえない?」

『……・天使さま……・』

「あぁ、今言おうと……えっ?」
 三人は顔だけ後ろを向き、つい声をあげそうになる。
 彼らの立っていたのは、十代半ばと思しき少女の――霊。そして、その面影は。

「マキナ……・!?」

 まぎれもない、マキナである。ウェーブがかった金髪、頭上にとどまる朱色のリボン。
すべてが透けている、マキナの霊。
「……マキナ……死んじゃった、の……!?」いきなりの展開に、マルヴィナはたじろいだ。が。
『……わたしはマキナ、病気でこの世を去った者です。
そして、あの子はわたしの大切なおともだち……人形マウリヤ』
「っ!?」
「に……人形!?」
 マキナは――本当のマキナは、頷いた。