ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――2―― page2
橋を通り、森を抜け、その先を見る。
マルヴィナは、息を吸って、小さく感嘆の声を上げた。
そこは、生命の煌めき。
碧く育った若葉、共に存在する小枝、静かに流れ続ける小さな滝、きめ細やかな白い砂、
星を映し、月を反射させ、波と光で煌めく泉。
声は出なかった。その蒼、その輝き。先ほどの首飾りの蒼を散りばめたら、こうなるのだろうか。
そう思ったほど、その泉は、言葉で言い表せない、言い表してはいけないほどのものだった。
思わず足を止めた彼女に、声の出ないマルヴィナに、ティルは屈託なく笑った。
「ね、きれいでしょ。一度見せてあげたかったんだ!」
「……うん。……ありがとう、ティル」
マルヴィナは目を細めて、反射して揺れる月を見た。
――月。
(……・イザヤールさま)
違う。違う……彼が、裏切るはずがない。裏切るはずが――……
(……寂しい)
辛い、悲しい、痛い。寂しい。真実が知りたい。
――でも。
(わからない……!)
「マルヴィナさん」
ティルが、少し控えめに、呟いた。
「ぼくもさ、余所者なんだ」
「……………………」
少しだけ、村長が言っていた。それだけは知っている。
「サンマロウって町からね、親戚のおじさんに引き取られたの。お父さんとお母さんが死んじゃって……
ぼく、お姉ちゃんがいたんだけどね。……お姉ちゃんも、いなくなっちゃった」
両親の死……? マルヴィナは思った。サンマロウ。真っ先に思いつくのは、マキナの姿だった。
……まさか。マルヴィナは思ったが、言わなかった。
「それで、親戚のおじさん……村長さんに、引き取られたの。ぼくのお母さんの、お兄さんだって……
お母さん、この村を出て行ったんだって。……マルヴィナさんも、追い出されちゃったんでしょ?」
「……まぁ、ね」
追い出された――という言い方は微妙なところがあるが、本質的には間違っていない。そのまま、曖昧に頷く。
「……黒い竜を追うの?」
「…………………………・・」
マルヴィナはすぐには返事ができなかった。だが、しばらくして、うん、と答える。
……仲間は承諾してくれるだろうか。あんなに圧倒的な、天使とはいえ立ち向かうことは厳しいだろうあの敵を追う、
そんな考えを理解し、共に来てくれるだろうか。
「でも、もしかしたら、また襲われるかも……」
ティルがいきなり、話を切った。マルヴィナは訝しげに、ティルの顔を覗き込む。
もし、かした、ら……ティルの唇がそう動き、マルヴィナが身体を起こそうとしたその瞬間、
「あ――――――――――――!」と叫ばれ一時停止。
「そうだそうだよマルヴィナさん、ドミールのグレイナルに力を貸してもらえれば、勝てるかもしんないよ!!」
「えっ、どっ、ど……あっそうだ、ドミールだ」
先ほど『ドミール』のドの字しか思い出せなくて悩んでいたのを思いだし、マルヴィナは納得、しかけて慌てて
「グレイナル」と復唱した。
「そうだよ! 昔あの黒い竜に勝った『空の英雄』だよ! ドミールに行けば何とかなるよ! ……でもね」
ほらきたぞ、とマルヴィナは思った。多分ここでなんか不具合があるぞ――と持ち前の嫌ぁな予感から
内心身構えていたマルヴィナは、同じく内心で剣を持った――念を押すが、あくまで内心である。
ティルは先程のハイテンションはどこへやら、今度は気落ちした様子で話し始める。
今はドミールへ行ける当てがないという。行こうとしても、底なしと呼ばれる崖を越えねばならず、
空を飛ばぬ限りそれは不可能であること。
ならばどうすれば良いか? 言い伝えを、信じてみれば良い。
ナザムの村に伝わる、言い伝え。
“ ドミールへの道を目指す者現れし時。
像の見守りし地に封じられた光で 竜の門を開くべし ”
像の見守りし地というのは、大陸北、魔獣の洞窟と呼ばれるひどく危険な迷宮。
封じられた光というのは、かつてはナザムに封印されていた、秘法『光の矢』。
そして、竜の門というのは、ドミールへ行く道の前、『底なしの崖』。
まとめると――魔獣の洞窟に言って光の矢をとってきて底なしの崖へ行け、という意味合いの言葉であった。
なんだ、聞くだけなら大したこともなさそうだ、大丈夫、仕掛けがややこしいとか魔物が強いとかなら問題ない、
……と思ってマルヴィナは、まだヤーな予感が抜けていないことを無理矢理頭の端から追い出そうとしているのだが、
「…………でもね」
重ねられた反語に、追い出し不可能となった。
「……今は洞窟に入る穴も、封じられちゃってるんだ。それを開く呪文もあったらしいんだけど、今は誰も知らないって」
……予感、どんぴしゃり。来ると思った。
ずぅぅぅぅぅぅん、と落ち込んで下を向き髪の毛をだらー、と下げるマルヴィナを見て、ティルは慌てふためき頭をかく。
「なんか、くやしいなぁ……ぼく、村に戻って、…………?」
ティルははっと、マルヴィナをもう一度見た。
顔を下に向けたマルヴィナが、ピクリと何かに反応したように動いた気がしたのだ。
髪の隙間から見えた蒼海の眸は険しく、鋭く、真剣になっていたのが見えて、ティルはただものならぬ気配を感じた。
が――ふっと彼女が顔を上げたとき、その眸の色はなかった。穏やかな、強く優しい娘の眸。
「マルヴィナ、さん……?」
「あぁ、ごめんティル。……何だっけ?」
「えーと……そう!」元に戻ったことに安心し、ティルは続けた。
「ぼく、村に戻って、何かないか、調べてみる!
……村の人には、ぼくが言うから。マルヴィナさんを、入れてあげてって」
その時のティルの顔は、十あたりの幼い少年の顔ではない、
意思と決意を持った、ひとりの青年のような雰囲気を帯びていた。
マルヴィナは一瞬、呆気にとられたが――「お願いする」にやりと笑って、親指を立ててみた。
「ようし、さっそく――」
「あぁちょっと待った。……ごめんティル、わたしにも一つ、用事ができた」
さっそく戻ろう、と言われる気がして、慌てて遮る。
「で……また襲われると、危ない。……これ、使っていいよ」
マルヴィナは、背嚢から取り出したキメラの翼をティルに握らせる。
それを握って、ナザムの村を頭に描きだせと言う。
ティルは首を傾げながら、言われた通りにし――
「わ――――――――ぁぁぁぁ………………」
そして、その身がその場から消えた。
これで今頃は、ナザムの外か、あるいは中だろう。気絶していないことを祈る。夜だし、そのまま寝てしまいかねない。
……ともかく、今は。
「見えているよ。あなたのことは」
マルヴィナは、振り返って――その先にいる、黒珈琲の髪の娘に、声をかけた。
『……………………』
娘は、ちらり、とマルヴィナを見て、視線を泉に戻し――
『………………………………っ!!』
すぐに、もう一度マルヴィナを、警戒するように、焦ったように見直した。
だが――見覚えがあると、思ったのだろう。雰囲気が、人間とは違った――そんな者に、いつか会った気がする。
「……カラコタ橋以来、か。あの時は、あなたはまだわたしに気付いていなかったと思うけれど」
『―――――――――』視線をそらすように、泉を見る。だが、唇を引き締め、マルヴィナを見、まっすぐ歩み寄ってくる。
二人の小柄な姿が、対峙した。
「……わたしの名はマルヴィナ。……あなたは?」
『……わたしは』
娘は少しだけ上目づかいに、言った。
『わたしの名は―― ラテーナ』
彼女はナザムの村娘だった。
とある人を探し、昇天することもなくこの世を彷徨っていた――霊。
だが、甦らせられた初代エルシオンとは違い、人間には姿の見えない、ただ彷徨うだけの、霊である。
『……貴女なら、できるかもしれない。いきなり不躾だけれど――貴女に、取ってきてほしいものがあるの』
ラテーナは前置いて、そういって――だがそこで、マルヴィナのポケットに目を止めた。
『……まさか、そこに――』
マルヴィナはその視線に気づき――さっ、とそこに入れた首飾りを取り出した。
それは、相変わらず蒼く光を放っている。
ラテーナは、少しだけ表情を緩めた。
『そう……それ。その首飾りは……わたしの大切な人からもらった、唯一の宝物。
さぁ、それをわたしに返して』
言われて、マルヴィナは咄嗟に視線を彷徨わせた。躊躇ったのだ。返して。渡して。――
―― それを、渡してくれないか。 ――
声が、あの声が、鮮明に思い出される――……。
ラテーナは、その様子を見て、不謹慎だと分かっていながらも、くすりと笑った。
『……誰かに、何かを奪われた――裏切られたことがあるのね』
マルヴィナは目を見張った。「な……」言葉が咄嗟には思いつかなかった。
「どうして、それをっ……!」
マルヴィナの困惑の視線に、ラテーナは静かに、目を細めて、哀しげに言う。
『同じだからよ。貴女の顔が……あの時の彼とね』
彼女の言葉の意味が、表情の意味が、マルヴィナには理解できなかった。けれど、マルヴィナは、首飾りを差し出した。
ラテーナは、その貌のまま、口だけで笑う。
首飾りは、霊である彼女の手から落ちなかった。そこに、しっかりとのっていた。
切なく、哀しく。笑う。見える、と呟く。
「見えるわ、あの人が―――」
――――――記憶の波が、押し寄せる。

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