ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――2―― page1
先に述べたように、教会は少し綺麗で、この小さな村にしては大きな建物だった。
淡いクリーム色をした窓は、今は夜の闇に溶け込んでいる。不思議なうねりを見せる燭台から、
縦に長い火が頼りなさげに光を放っている。
奥には石碑、古い言葉で、何かが刻まれている。
教会の中央、幾人が集まるそこに、マルヴィナや村長はもちろん、何とティルまで来ていた。
どうしても気になって、様子を見に来たらしい。
何もないかのように静かな、静かなそこで、村長は話を続ける。
「あの黒い竜こそ、三百年前に存在した闇竜バルボロス。奴が現れたのち、お主はこのナザムの村に落ちてきた」
寄合の内容は、いきなり空に現れた闇竜についてであった。……天の箱舟を襲った、あの竜の。
マルヴィナは黙って、目を閉じた。
「訊こう。お主とあの竜は、何か関係があるのではないのかね!?」
「………………………………………………」
マルヴィナは、目を閉じたままだ。ゆっくりと考える時間を作り、そして答える。
「……あると言えばある。だが、ないと言えばない。話をする。あるのかないのかは、あなたたちが決めることだ」
マルヴィナはゆっくりと、事の経緯を話し始めた。人間でも、分かるように。人外の力を、
天の箱舟や天使の存在のことを、さりげなく言い換えて。
「……成程。狙われたことは、“関係ある”が、直接的には“関係ない”――そう、言いたいのだな」
「……間違いない」
ばん、と、長椅子を叩く鋭い音がした。驚いた住民が村長を見て、マルヴィナは真っ直ぐ彼の目を見る。
「信じられるか! 竜に襲われて、生きておれるはずがない。はっきり言おう、我々は疑っているのだ、
お前があの闇竜とグルなのではないかとな!」
「ちょっ……ちょっと待ってよ!」
何を馬鹿なこと、マルヴィナがそう反論するより早く、ティルが飛び出してきた。
拳を震わせ、マルヴィナを背に庇い、村長を見上げて。
「なんでマルヴィナさんの言う事を信じてあげないの!? マルヴィナさんは、襲われて、あんなに怪我してるんだよ!?
グルなわけ、ないじゃないかっ!」
「お静かに! 神の御前ですよ!!」
そういう自分が一番大声を出した神父を、同時に睨む村長とティル。ティルの目は興奮して潤んでいる、
村長の目は冷酷に乾ききっている。
その対でありながら同じ意味持つ眼に神父はたじろぎ、村長はそれを無視して次いでマルヴィナを睨んだ。
マルヴィナはその視線を、静かに受け止める。
止まる時間。
ついにティルが、教会の外に飛び出した。
伝わらない思い、疑心溢れる空気、自分の無力さ。それらに耐え切れなくなって。
扉は、開け放しにされた。流れ込む風は、冷たかった。
「とにかく」
ティルを追おうと扉に向いたマルヴィナに、村長が止めるように言葉を発した。
飛び出したティルを、いかにもなんとも思っていないような様子で。
「余所者は、不幸を呼ぶ。わかったら、とっとと出て行ってもらおうか」
「……ティルは」
「あやつなど、放っておけばよい。じきに戻ってくる」村長は鼻で笑う。「……所詮あ奴も余所者だからな」
その言葉に、ついにマルヴィナは我慢の限界を感じた。
「……あなたは」
その眸に、憤怒の炎を燃えたぎらせて。
「あなたには、愛情というものはないのか?」
村長は気だるげに、マルヴィナを見た。「何のことだ」
「ティルが、余所者だって? それを、あなたが言うのか? あなたが、余所者扱いをするのか!?」
「あ奴は別の場所から来た」村長はあくまで冷徹に、言う。「この村の者ではない。それを余所者と言わずして何という」
「家族だろう」マルヴィナは負けじと言った。
「ティルはあなたの甥だろう、住んでいた場所が違うだけの家族をなぜそこまでないがしろにする!?
……ティルをどこまで、孤独にさせるつもりなんだ!?」
「ですから、神の――」頼りなく言った神父にも、マルヴィナは厳しい視線を向けた。神父は喉を鳴らし、後退する。
「……あなたもだ、神父殿。……あなたの信ずる神は何者か知らない、だが、平等の思想は同じはずだ!
あなたはあなたが信ずる神のいう事を無視している、そうでないというならばそれは全く勝手に作られた氏神でしかない!」
「なっ……何をっ」
「じゃあ何故せめてあなただけでもティルを助けない!? わたしのことはどうでもいい、
この村にいるティルを、[存在する]彼を何故助けない!!」
マルヴィナは言い終え、はっと息をついた。
これが、マルヴィナ。
理不尽な言葉や行動を黙って見過ごせない、正義感強き娘の本質の姿。
「……ティルを探してくる」
マルヴィナは言った。
「そのあとで、この村を去ろう」
そして、返事を待たず、マルヴィナはその場を去った。
……村を去るのは、そうしろと言われたからではない。今のマルヴィナなら、そんな命令には従わない。
だが。そう、決めたのは。
度々自分の目の前に現れるようになった、ガナンの存在があるからである。このまま村にいれば、いずれまた
ガナンの手先が現れる。……一度襲われて、生存が確認されれば、再び狙われる可能性は低くない。
犠牲は出したくなかった。たとえ、どんなにおかしくて、どんなに許せない者たちであっても、絶対に。
――マルヴィナは、まだ知らない。自分の恐れた、その想像した出来事が、三百年前に実際にあったことを。
そしてそれこそが、この余所者嫌いの村を創り上げた歴史であることを――今は、まだ。
***
「マルヴィナさんっ!!」
寄合の前に眺めていた石碑のおそらく下に落し物をしただろう。
マルヴィナはポケットを探りそう思って、今出たばかりの教会を見てかなり後悔した表情を作った。
石碑の下にあったものが気になって、それを取り出してみようとして……カン、という音がしたのは気づいていたが、
物を落とした音だとはその時は気づかなかった。不覚。
ティルを連れ戻した後、石碑の下を探って、取り戻さねばならない――そう思っていたところ、
自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声を聞いた。
先程の、二人の店員である。
遠目からもはっきりとわかるほど青ざめた顔色を見て、マルヴィナの嫌な予感が働いた。
「寄合で何があったんです? ティルが、凄い泣きながら、村の外に飛び出してっちゃったんですよ!」
表情が、強張る。
「どうしましょう、夜のこのあたりって、凄く物騒なんです! 村長、今大丈夫ですか?」
大丈夫か、というのはおそらく機嫌のことだろう。大丈夫ではない。
もし機嫌がよくたって、彼は決して自ら探しにはいかないだろう。
マルヴィナの表情を見て覚った店員たちは、顔を曇らせる。
「やっぱり、スガーさんにも頼んで、僕らで探しに行くしか――」
「わたしが行く」マルヴィナはきっぱり言った。
「行ってくる。……ティルが飛び出したのは、寄合に参加していた者たち全員の責任だ」
「マルヴィナさん」
「大丈夫」マルヴィナは緊張した面持ちで頷いた。
「怪我はもう大したことない。それに、譲り受けた強力な武器だってある。なんとかするよ」
マルヴィナらしくない、本来根拠として成り立たない理由を述べて、彼女は頷いた。
店員たちはためらいがちに頷き返し、ティルの向かった方角を告げる。
その先、北東。
マルヴィナは腰に譲り受けた剣――隼の剣を携え、錆びた銀河の剣を確認し、村の外へ走る。
新天地を一人で歩くのが、こんなに心細いものだとは思わなかった。右も左も分からない。
地図はキルガが管理していたので、マルヴィナの手にはない。自分の直感のみを信じて、マルヴィナは走った。
頭が痛い。目の前が、くらりとする。
それでも、マルヴィナは走る。助けてくれた少年、親切にしてくれた少年を、探すために。
幸いにして、ティルは見つかった。北の橋を言われた通り東に曲がった時、岩に座りうずくまる彼を見つけた。
だが、ほっとしたのも束の間、草原から飛び出し無防備な少年を狙うは魔物、 紅き旋風_レッドサイクロン_ 。
焦り、後悔、恐怖……それらに感情を支配されたティルを、魔物は嘲笑い、 真空呪文_バギマ_ の
呪文を投げかける! ティルは咄嗟に叫んだ――かもしれない。目を瞑り、手をばたつかせ――
風の刃は、届かなかった。間一髪、マルヴィナは横ざまからティルを抱き留め、跳躍、その場から逃れる。
着地し、ティルを立たせ、そのまま剣を引き抜く。真空の刃を突き進み、怯んだ魔物をそのまま薙ぎ払う。
怯んだとはいえ相手は浮遊体、攻撃を辛うじてかわし、にへらと笑う。が、その顔は、一瞬しか保てない。
気付かぬうちに、もう一攻撃が、その身体を裂いていた――隼の剣の性能を利用した、高速での二回攻撃。
上と下に分かれた紅き旋風は、その笑い顔を瞬時に憤怒に変え――
だが、何もできずに、大地にしみ込むようにして消えた。
ぴっ、と横に払い、マルヴィナは剣を収める。そして、横に残したティルに、聞くまでもなかったが、安否を問う。
「あっ、だ、だっ、い」
かなり震えてはいるが、言おうとしている通り大事無いらしい。マルヴィナはほっと安堵のため息をついた。
「そういやさ、ティル」
村に戻らず、そのまま北へ歩いてゆくティルについていきながら、マルヴィナは尋ねた。
ティルは少しだけ後ろのマルヴィナに歩く位置を合わせ、マルヴィナの言葉を待つ。
「……これ、見覚えないか?」
マルヴィナはポケットの中から、青白く静かに、神秘的に光る宝玉を、羽を模った石で包み込んだような
美しい首飾りをティルに見せた。
ティルはそれを見て、宝玉の輝きに見とれながらも、首を横に振った。
「ごめん、しらないや。……どこにあったの?」
「そっか……うん、教会の、石碑の下。なんか光ったように見えたから、探してみたら、あったんだ。
……その時、ちょっと大事なものも落としちゃったんだけれどね」
あはは、と力なく笑うマルヴィナ。ティルはふぅん、と答えて、まじまじと首飾りを見た。
「あそこにあったんだ……今まで、知らなかったな」
「まぁ、知らないなら、しょうがないしな。ありがとう。……で」
マルヴィナは同じ場所に首飾りを戻し、ティルに尋ねる。「どこに向かっているの?」
「……うん。ぼくの、お気に入りの場所。すっごい、きれいなところなんだ……マルヴィナさんにも、見せてあげたくて」
そういうと、ティルは少しだけ歩く速度を上げた。
「もう近くなんだよ。ついてきて!」
マルヴィナは目をしばたたかせ、微笑むと、歩幅をティルの速度に合わせた。

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