ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 孤独 】――4―― page1
ルィシアは苛立っていた。
一向に動きがないことをさすがに不審に感じて、今さっきハイリーに命じたのだ。……標的を探せ、と。
もたもたして、奴らがドミールに行ってしまっては、後々面倒くさい。
たしかあの地には、ドミールへの架け橋、光の矢が眠っている。それを手に入れようとする動きがあれば、
それを阻止せよと命じてあった――が、村から出てこないのでは意味がない。
まぁ、ドミールへ向かう可能性が今の所ないわけではあるが――それはそれでこちらは動くことができず、
それでも、やはり『後々面倒くさい』ことになる。
やはり小娘だ、部下など持っても、使い道を誤るだけさ! 昇格と欲望だらけの馬鹿な兵士たちにそう言われるのは、
別に気にしてはいないが、面倒くさいのだ。相手にするだけ、馬鹿馬鹿しい。
ともかく、と。ルィシアは嘆息して、艶光りする羽を取り出す。
ちっぽけな、無愛想な村をその頭に思い浮かべながら。
マルヴィナは悩んでいた。
光の矢を入手したことをティルに伝える方法として、いくつか候補を上げたが――全てが全て良い方法ではない。
(てか、全部だめだ)
マルヴィナは胸中で自分自身をぶん殴ってみた。
ティルに伝えるために村に入る。これが一番単純で、考えるまでもないことではある。
が、マルヴィナは自分で言ったのだ。
『ティルを探したら、村を出る』と。
村人に見つかれば、マルヴィナはもちろん、更なる余所者のキルガたち三人や、ティルまでもが白い目で見られるだろう。
ならば夜は? 村人たちは寝ているから、人目に付く恐れはない。が、それはティルもである。
第一、少年だ。大人たちより早く床に就くだろう。起こすのは憚られる。
村の前で「ティルー、手に入れたぞー、」と叫ぶか。
いや、それでは石つぶてが返事だろう。「嘘をつくな馬鹿野郎!!」なんて言われそうだ。……なら、逆は?
光の矢を使い、橋を架けた後なら。石つぶては、前者よりも少なくなるのでは。……何で石つぶて云々で考えているんだ?
「これでドミールに行けるな! うっしゃ新天地!」
「このあたり地図が読みづらいな……近道はあるだろうか。……ないか……かなり遠そうだ」
はしゃぐセリアスと顔をしかめるキルガを横目に見て笑い、シェナは額に手を当てた。
「さっきまで洞窟にいたせいかしら。……暑いわね」
ぱたぱたと、手団扇で顔を仰ぐ。
「そーか? そんなに変わんないと思うぞ」
「セリアスに同感だ。……シェナ、熱でもあるんじゃ」
マルヴィナという前例がいるので、キルガはそう問うた。……が、シェナは。
「てっ……」
シェナの手がひゅっと風を切り、下降。拳を握りしめる。
「天使が病気になるわけないでしょっ!?」
「えっ?」
マルヴィナ含め、皆が固まった。シェナのいきなりの大声、かみ合わない返答。
「い、いや、そうじゃない。……ほら、前に言っていただろ、賢――」
言いかけて、止まる。様子がおかしい。
天使じゃない、賢者として、キルガはそう言った。
賢者の熱――それは特別な意味を持つ。そう話したのは、シェナ自身じゃないか。
あの話をした時、セリアスは船の舵をきっていた。だから、彼は何のことかわからない。だが――
「だ……大丈夫。……大丈夫」
シェナはそっと、まるで自身に聞かせるように、小さく呟いた。
様子がおかしいと思ったのはキルガだけではない。マルヴィナもだった。だが、彼女は、別の意味で。
もしかしたら、本当に体調が悪いのかもしれないと。無理はさせないほうがいいと。そう、思っていた。
――思っていた、のだ。
「っ――――!!」
マルヴィナの背筋が凍る。反応、する――来る。否――
[来た]!!!
マルヴィナは叫ぶ、「ガナン帝国!!」他の三人の表情が、いつものように緊迫した。
マルヴィナはあたりを見渡す、どこだ、どこにいる。
遠くを、近くを、上を、前を――見て、はっと気づく。
その先――ナザム村。
ナザムの村周辺から、邪気を感じた。
「――あっちだ」
マルヴィナは鋭く言い放つと、三人を促して走る。
そして、その眼を疑いながらも、眉をひそめた。
ナザムに入ろうとする人間がいる。
ベクセリアで、サンマロウで。そして、ここで。
三回目に出会った、その人は。
「……ハイリーさん」
それが、ハイリー・ミンテル、その人だった。
真っ先に彼女のもとへ着いたのはマルヴィナだった。然闘士のあまり公にされていない力、
風を読み取りそれに乗り、素早く行動する。
三人を残す形で、彼女はハイリーと――[ただの私服のハイリーと]対峙し――仲間たちはマルヴィナの合図を見た。
その、合図は――待機せよ、という意味だろうか。
キルガは担当地ベクセリアに居た人として、セリアスは次期担当地予定サンマロウ出身の人として、
シェナはただ単純にそんな人がいた程度に、それぞれ彼女を覚えていた――だが。
マルヴィナは――……。
「お久しぶりです、マルヴィナさん」
ハイリーはどこか冷静に、そう言った。少し緊張気味に、少し驚愕して、でもそれを表情に出さずに。
「こちらこそ。……今回は、何故、ここに?」
あくまでもマルヴィナは、そう問うた。少し緊張気味に、少し警戒して、でもそれを表情に出さずに。
「……サンマロウで、お話ししましたね。探し人をしていると……その[子]が、ここにいると聞いたのです」
マルヴィナは思ったよりも具体的な内容に、言い逃れとしては詳しすぎ、不向きすぎるその言葉に困惑した。
相手の出方が、全く分からなかった。
……分からなかったから。
「……でも、この村、住民以外をひどく嫌っている」
マルヴィナは、前に出た――ハイリーの、目の前に。
背を見せて。
ハイリーの頭に、思い浮かぶあの時の言葉。
“天性の剣姫”を仕留めた者に与えられる、特権――……。
ハイリーの手が自身の腰に伸びる。
そこにあるもの――硬く冷たいその道具を手に――
「だから、入るのは多分容易じゃない――」
刹那。
――――――――――――――……ィィィン……
暗殺、ただそのためだけに作られた帝国の短剣と、いつの間にか抜き放たれていた細剣が、
マルヴィナとハイリーの間で耳障りな金属音を響かせた。
ハイリーの緊張と驚愕は比べ物にならないほど大きくなり、マルヴィナの冷静な眸を動けぬまま見ていた。
追いついた仲間たち――真っ先にシェナが、身を低くして増速、地を蹴り腕を横に振り、
ハイリーの懐を狙って体当たりする。セリアスに教えてもらった、先手必勝の不意を狙った攻撃である。
「かっ!!」
ハイリーは目を見開き身体を折る。マルヴィナが素早くハイリーの手を叩き、短剣を払った。
短剣は弧を描き、地に刺さる。走っていなければ危うくセリアスが短刀を頭に突き刺しただろう。
頽れたハイリーに、世話になったことのある女性に、マルヴィナはそれでも、その剣を突き付けた。
[今度は]、かわされないように。絶対に反撃できないように。
「……………………っ」
「気付かなかった」マルヴィナは言う。「最初は、分からなかった。……あなたが帝国の人間だったなんてね」
目を細めて、焦燥に瞳を瞬かせるハイリーの目を、見る。
彼女は、殺そうとしただけで、殺したくはなかったのだ。彼女の目は、マルヴィナにはそう見えた。
「……あなたの闇は、小さい。あなたは帝国の人間らしくない。……できるなら、わたしはあなたと戦いたくない」
ベクセリアであった時は殆ど会話もしなかった。サンマロウで会ったときは、協力すらしてくれた。
彼女は、帝国の騎士として動いていたのではない。きっと、ただの住民として――けれど、サンマロウで、
マルヴィナに睡眠薬を盛り、その情報を帝国に流したのは、彼女で間違いないだろう。……それは彼女の意思?
……そうは、思えなかったのだ。動いているのではない、動かされている。そう見えるからこそ、戦いたくない。
それでも、彼女は。
「……いまさら情けをかけるの? それでも私は、あなたを」
―――――――仕留める。
呪うように、何度も何度も口中で繰り返した言葉。繰り返したことで、それを自分の意志と思いこませようとした。
今更、変えられない。
「……どうして」
マルヴィナは、剣を構えたまま―けれどその手に最初の力は入っていなかった―、尋ねる。
「……こんな好機、二度とない。願いを叶えてもらう、そのためにあなたを仕留」
「そこまで」
恐ろしく無情に、恐ろしく冷静に。
その声は、天井から降りかかってきて、マルヴィナの剣を弾いて乱入した――
「……ルィシア……!!」
闇髪、翠眼、それはルィシア。

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