ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリーⅢ   【 記憶 】4


「ふぅ、こんなものかね」
 ラスタバは通路にカンテラを吊り下げ、満足げに頷いた。
開通作業は、これにて完了した。
「ディア、里長に――」振り返った先にいるはずの息子が、いなかった。
……まったく、またかと、かぶりを振った。
新しい道を足と杖の音を立てて歩き始める。と、その壁に、何かが隠されているような、
盛り上がり、微妙に色の異なった部分があった。
 ディアの悪戯か。まったく、いつまでたっても子供だ。
ラスタバはそれを削ぎ落とそうとして――気づく。その下に隠されていた、とある言葉を。

「ははぁ」

 ラスタバはにやりとした。若いと言っていいのか、子供じみたと言えばいいのか。
だが、もう削ぎ落とすことはせず、そのままにしてやった。
そしてまた、歩き出したとき、


 ―――その悲鳴を、きいた。



 ディアは咄嗟に、少女の名を呼んだ。
紅い鎧。多くの兵士。
      ・・
外界からの、人間。

「ほぅ」
 ディアの口から発せられた名に、兵士は笑った――ように見えた。
「ならばお前が、シェラスティーナで間違いないのだな」
 兵士は確信して、少女の本名を言った。
しまった。ディアは歯ぎしりした。自分が呼んでしまったから――

 “ ―馬鹿!!― ”

 そう、馬鹿だ。俺は馬鹿だ。だから、
だから、その分。そのままでいてやる。
「手を離せっ!!」
 ディアは叫び、拳を固めた。意識を集中させる。
どんなに頑張っても、少女には勝てなかった、魔法の腕。
だが――

               ・・・・・・・・・
 勝てるか勝てないかじゃない。使えるか使えないかだ。


「―――――――――、――――――――――――――……!」

 詠唱、そして。
少女を捕らえていた兵士の後ろの紅鎧たちを、炎の球が襲い掛かる!
「この、餓鬼っ」
唯一無事だった紅鎧―幹部なのだろうか、少々異なった鎧だ―が、剣を引き抜いた。
 兵士が怯んだ隙に、取り戻す。――その考えは、実行されはしなかった。
先に剣が振り回され、ディアの肩を切先が貫いた。


「ディアぁっ!!」


 少女が叫んだ。目が、合った。泣きそうな眼、後悔しているような眼。
ディアは肩を抑え仰向けに転がり、民たちが慌てて回復呪文を唱えようとする。
が、少女の腕を掴んでいた兵士がその首筋に槍の先を突き付けると、皆凍ったように動けなくなった。
「……なっ……」
 何してるの、早くディアを助けて。――言えなかった。
ディアが命がけで助けようとしてくれたのに、自分は、自分は――!

「その方を離せっ」

 里の最上から、ケルシュの声が下りてきた。民たちに呼ばれ、里長の家から出たばかりなのだろう。
だが、その言葉はむなしく響いたのみ。
槍を喉元に突き付けている紅鎧は、全くの感情のない声で、叫んだ。

「我らはガナン帝国の兵士。用があるのはこの者のみ! 抗いたくば抗えば良い、別に犠牲が増えるのみだ」
「ひゅう、珍しく怒ってない?」
 台詞めいた言葉をいい、ディアを攻撃した兵士は軽口をたたいた。
「……く」          ・・・・・・・・
 はったりではなかった。実際、少女の嫌いな少年が、兵士の前で倒れているのだ。
だが――恐らく奴らは、少女を殺す気はないのだろう。
犠牲。それが、自分であれば。
自分の犠牲と引き換えに、少女を救うならば――!



「いけません」


 突然、ケルシュの手首が、掴まれた。
驚いて振り返ると、そこにシェルラディスがいた。
「シェディ様!?」
 寝込んでいたはずの里長は、荒い息を突きながら、眸を険しくしケルシュを見た。
「……あの子のために、別の命が失われてはなりません」
「しかし、それでは!」
「わかっています」
 シェルラディスはらしくもなく、やや乱暴にケルシュを押しのけた。
反抗する者がいなくなったと認識し、兵士は立ち去るべく魔法文字を描き出す――転移呪文!!

 シェルラディスは連れ去られる前に、せめてもと、孫に向かい――荒い息で、叫んだ。


「よく聞きなさい、お前はただ一人、古の賢者の血をひきし『真の賢者』!!
邪に屈してはなりません、死を見てもなりません。貴女は、何としてでも、必ずここへ戻ってきなさい――!」


 ……最後まで、聞こえただろうか。
……その姿は、消えていた。




「ディア!」
「ディア、しっかりっ」
 血を流し続ける少年に、周りのものが集まる。だが、少年は、その悔しさに涙を流した。
「くそっ……ちくしょうっ!!」
「ディア」
 ケルシュがその傍らにしゃがむ。彼はもう、回復呪文をどんなに唱えても、無駄になりつつあった。
「ばっ」
 ディアはその眼にケルシュを映すと、理不尽だと分かっていながらも、言わずにいられなかった――
「馬鹿やろうっ、なんで、何であいつの傍に、何でっ……」
 止まらない涙に、うまく言葉を出せずに。
「なんで、あいつがっ……!」
「……………………っ」
 ケルシュは、それでも、両膝をついて、拳を固めた。その通りだと、思ってしまった。
どうして、肝心な時に、傍にいられなかったのだろう。
「も……戻って、来たらっ……ちゃんと、守れよっ!!」
「ディア!?」
 ディアは、痙攣しつつも、言葉を紡ぎだしてゆく。
「だから――」



「絶対、戻ってこいっ……



           ―――――――――――――――シェナ――――――――――――――――!!」







 それは、彼の最期の言葉だった―――……。









              サイドストーリーⅢ 【 記憶 】―――完