ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅠ 予感 】――3―― page2
モザイオを探し回り、埃だらけの地下を彷徨うマルヴィナ。
驚いたことに、地下は校舎だったのである。
窓もない、電灯もない―あるとしたら頼りないろうそくやカンテラのみ―、それが却って
夜の校舎以上の不気味さを醸し出す。
ちなみに、落ちたが怪我はない。
なんせ天使だし、天使界から、グビアナ城から、学院寮から、何度も落ちているのだ。……慣れたのか?
あまり嬉しくない慣れに嘆息しつつ、マルヴィナは行き止まりに当たって再びため息をついた。
何度も道に迷い、何度もいきなりヌッと出てくる魔物に驚かされ、何度も左腰に手を伸ばして、
そこに剣がないことを思い出させられる。
そしてつくづく自分は武器に依存しきっていると思わされるのだ。……今は何の武具も身に着けていないのだ。
(何処だろう……でも多分、ほかの行方不明者と同じだろうな……無事だと、いいんだけれど)
だが、モザイオはともかく、ほかの人々は行方知れずになってから随分時間がたっている。
果実を食べたわけではない彼らが無事だという保証はどこにもなかった。
(……もし、無事じゃなかったら。どうやって、報告すればいいんだろう――)
『だれか、いるの……?』
「―――――――――――――――っっっ!!?」
急にそんな、細くて眠たげな声がマルヴィナの耳に飛び込んできた。びくんっ、と肩を震わせ、マルヴィナ急停止。
「だっだっだ誰っ!!?」
驚きのあまり声が微妙にひっくり返った。……情けない。
暗く、カビと埃の混じったにおいがする教室の教団あたり――青白い“何か”がぱっと浮かび上がる。
用心深く、その影に近づく。暗闇に慣れた目は扉や壁の場所を正確に見分け、目的地へ導いてくれる。
「……誰だ、あなたは……?」
先ほどの失態(とはいえ単に声がひっくり返ったごときのことではあるが)を振り払って、マルヴィナは静かに問うた。
影は長い髪をふらぁ……と持ち上げ、マルヴィナを見る。
その瞬間、無理矢理作ったマルヴィナの冷静さがしっぽを巻いて逃げだした。
『私……? 私は、ユキサラ……短刀専門の、教師の一人……貴女、この地下校舎の、生徒でいらして……?』
「いっ、いえいえ、わたしは[地上]校舎の生徒だ! ここに連れられた生徒を、その、よ、呼び戻しに来たんだ!」
『呼び戻しに……? 何故…………?』
(こっこ怖っ!! こんな先生いたのかっ!?)
マルヴィナの脳裏に、非行を起こした者を眉根一つ動かさずその肩に手を置いてぎりぎり爪を食い込ませ、
凄く冷めた目で見据えて離さないユキサラとその生徒の姿が浮かび上がる。……あくまでマルヴィナが
この教師に対して抱いた妄想であり、実際にそんなことがあったのかどうかは定かではないのだが。
ともかく、何故と問われてマルヴィナは焦った。長時間考えていては怪しまれるだろうし、かといって無視すれば
先程の妄想が現実になる可能性も否定できない。
何かないか――と思った矢先にマルヴィナの頭に出てきたのは、なぜか今日――否昨日のグリルチキン。
ぱっと目を開いて、慌てて言った、
「そ、そう! 夕飯がそろそろで!!」
聞くからにアホな理由。
(って何言ってんだわたしは―――ッ!!)
ここまで来て夕飯はないだろう!? と今更ながらに自分にツッコミを入れる。
まさかぱっと思いついたそれが呑気に飯食いだったなんて、ボケもいいところである。が。
ユキサラは『あらそう』とさらりと一言、そして細ーい指でマルヴィナから見て右側をつっ、と指して見せた。
『そのコたちなら、あっちの階段の下の、学院長室……早く行っておあげ。でないと夕飯……
逃げていっちゃうわよぉ……?』
(わたしが逃げたいぞ!!)
夕飯云々の言い方にかなり悪寒を与えられ、マルヴィナは機械的にびし! と頭を下げると、走って逃げようとして、
『廊下は走っちゃいけないわよー』
「はは、はいぃっ!!」
幽霊に細かいところを指摘された。
「マルヴィナっ!」
そしてまたしてもびくんとさせられる。なんでこの先生わたしの名を知っているんだ!? ……とはさすがに思わなかった。
声は低く、またはっきりと聞こえた、この声は、
「せっせ、セリアスっ……?」
「だいじょーぶマルヴィナー? なんかやたら叫んでたから見つけやすかったよん」
シェナが呑気に言い、キルガは苦笑して視線を横に向けて、ユキサラの姿を見て若干固まっていた。
ばしっ、と――教卓を、指示棒で叩く音がした。びくりとするのは、数人の若い人間たち。
その中に、モザイオはいた。気が付いたら、この暗い、生気に乏しい仲間たちのいる部屋に連れ込まれていた。
足は動かない。目の前にいる、明らかに亡霊である男に封じられたのである。
仲間たち――特に長いことここに閉じ込められていたであろうナシルやリュナは、
近くで見ても彼らだと分からないほどにやつれていた。
目の前にいる教師は、初代エルシオンである。勉学に励まさせるためならどんなことでもしたと言う、最恐の鬼教師。
それ故に彼らは本来疲労死してもおかしくない今まで、そんな暇はないとでもいうように
生命をつながれていたのかもしれない。――それは、よいことなのか? それとも――……
そんな考え事をしていたため意識が飛んでいたモザイオは、その指示棒の音に一番驚いた。
そして、後悔に顔を引きつらせる――
『貴様、まだ分からんか! いつまでぼさっとしておる、生徒の自覚を持たんか!』
「ぐ……っ、いや、違、そ」
意味のある言葉にならない。モザイオはその場から逃げようとして、足が動かないことを改めて思い知らされる。
『言い訳か、腑抜け者! それでも貴様誇りあるエルシオンの――』
棒を振りあげ、モザイオめがけて降ろす――その前に、初代エルシオンは扉の外を見た。
無意識に目を閉じていたモザイオが、連れ去られていた生徒たちが、そろそろと同じ場所を見る。
そこにいたのは、剣を携え、眸を閃かせ、じっと初代を見据えた、剛き少女の影――
「マルヴィナっ!?」
仲間として認めた、剣の腕に冴えた[クラスメイト]たちの姿だった。
「……大丈夫か、モザイオ。みんな」
「だ……」
モザイオはその答えは言わず、慌てて叫んだ。
「駄目だマルヴィナ、すぐ逃げろ! こいつの変な呪文みたいなやつが――」
びしっ! 振り下ろされる棒、呻き声が響く。モザイオの名を呼ぶ、意識のまだしっかりしている生徒たち。
「その手を止めろ!」マルヴィナは叫んだ。
「暴力に訴えて、何になる。罵って、何になる。体に付けた傷はいつか治る、だが重ねればそれは心をも傷つける。
心についた傷は簡単には治らない!」
マルヴィナは剣を構えた。キルガが盾を持ち上げ、セリアスが体勢を低くし、シェナが祈る。
初代エルシオンが何かを早口に言った、だが彼らはそれを聞き流した。彼らの前で、その姿が変わってゆく。
煙を上げ、それがその霊体を取り巻く。黒と紫と、赤い波動。
「モザイオたちを助けるには、彼と一勝負しなければならないようだね」
キルガが波動に巻き込まれぬよう身構えて言った。
――変わり果てたその姿こそ、魔教師の名に相応しかった。あらゆる魔法をその身に宿し、高い攻撃力を誇る……
「彼もそうだ。……彼もまた、欲をかきすぎた、犠牲者の一人――」
完璧な教育を求めるその欲望が生み出した、地獄の魔教師エルシオン――……。
赤黒い血飛沫が舞った。急所をざっくりと斬られた魔物が、それに気づかないまま絶命する。
(は……馬鹿馬鹿しい、雑魚の分際であたしを仕留めようなんて)
闇色の長髪、高い位置で結えてある。眸は翠緑、それはルィシアであった。
だが、その身に纏うのは、女性用の鎧――[紅い]鎧。
正体、ガナン帝国の騎士、“黒羽の妖剣”ルィシア。
「“黒羽”様」
後ろから、鎧をガチャつかせたやせ気味の男がやってくる。――カルバドでマルヴィナが逃がした者、
そしてもう一度のチャンスと言われてこの学院にルィシアと同じころに送り込まれた者と同一人物であった。
なんかまた来た、とルィシアはそのままため息をついた。隠しはしなかった。
「何しに来たの」
「いっ、いえ、その、や……やはり、奪い返しに行かれるので?」
まだ言っているのかと、ルィシアは苛立たしげに前髪をかきあげた。
「必要ないと言ったでしょ。しつこい配下などいらない」
「あ、や、で、では、何故……?」
すべてを言われる前に、ルィシアは抜き放ったままの剣をピタリと男に突き付けた。
冷徹なその眼、斬ろうと思えば躊躇うことなく斬るであろうその体勢に、男は大げさでもなく終わりを見た気がした。
「……あぁ、そういえば、言っていなかったかしら」
ルィシアはその口元に、ぞっとするような冷笑を浮かべて、言った。
「貴様の処分は、あたしが自由に決めて良いことになった」
「!!」
男の眼が、これ以上ないくらいに見開かれる。ルィシアは逆に、その眼を細めた。
「分かったようね。貴様の任務は終わったの。もう、帝国にはいらない。あたしのピアスを落としたとかどうとか、
それを取り戻すとかもう関係ない。貴様はもう用済みよ。生き永らえたくばせいぜい、
あたしの癇に障らないようにでもしておくのね」
どう考えても、ルィシアのほうが年下だった。自分より若き娘に左右される生命だと? ふざけるな――
よっぽど、言ってやろうかと思った。
だが、できなかった。自分はまだ、死の恐怖に、支配されていたから。
……地下から、金属音が聞こえ始める。

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