ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

サイドストーリー  【 聖騎士 】2


「おう、お帰り」
「おつかれさん~。これ食うか?」
「……ありがとうございます……」
「声が死んでるぞ、キルガ」

 夕方、ようやくキルガはパスリィに解放されて戻ってくる。
「んで? どうすんだ兄ちゃん。お前さん、聖騎士になんのか?」
「はい」
「そっかそっ……はい?」
 納得しかけて、問い返す。
「……もう一回行ってくれ。最近耳が……」
「……はい、です。聖騎士になります、ということです」
「……………………」
 ありえないほどの沈黙。
「……ま、マジか?」
「パスリィに言いくるめられたか!?」
「いえ、僕から言い出したんです。……理由もありますから。彼女が言った言葉は、一つしか関係ありません」
 きっぱりと言い切ったキルガに、聖騎士の男たちは沈黙。代わりに、彼らの精霊(朝は皆寝ていたらしい)が
それぞれの主人の周りを飛び始める。
『おぉぉお、男だねぇ、あのパスリィを相手に引かなかったってのが伝わってくるな』
『マリレイよりずっと頼りになるぞ!』
「オルン、それは余計だ」マリレイと呼ばれた騎士が突っ込む。


 精霊。当然、パスリィから説明は受け済みである。
聖騎士に宿り、主人を助け、行動を共にするパートナー、それが精霊だ。主人に似るという精霊たちだが、
それはパスリィの相棒、ラーミーと言う口が悪く喧嘩っ早い精霊を見て一発で納得した。


『ところでキルガ、おめぇの精霊は? おれっちには見えねぇんだが』
 精霊オルン、いきなり痛いところを突く。
「……って、キルガ、まだ聖騎士にはなってないんだろ? そりゃ宿るわけが――」
「いえ、なりました」
「は?」
 即座に聞き返される。
「……さっき、洗礼、とかいうものを受けて……聖騎士になりました。
実は、これからお願いします、って言おうとしていたんです」
「………………・・もう?」
「はい」
「仕事が早ぇぇパスリィ――――!!」
『ここの誰よりも男らしいな!』
「いやパスリィは女だが……」
「ですが」遮って、キルガ。「……どうやら僕には、精霊は宿らなかったみたいです」
「そうなのか? 兄ちゃんの精霊なら多分モテるだろうに」
『あー悪かったな相棒。……まぁ、てことはあれだ、キルガは精霊の助けがいらねぇってこった』
 オルンがあっさりと言う。
「いらない?」
『それほどまでに強いってことさ』
 強い……か。
キルガは、そっと笑った。この僕が。大切な人を助けられなかった僕が、強いって。

 キルガが聖騎士となることを望んだのは、パスリィの説明の一言にある。
(“大切な人を守る、博愛の騎士――それが、聖騎士”)
 ……守りたい人、守るべき者は、ここにはいない。分かっている。だが、キルガはその言葉に反応した。
二度と、あの悔しさを、感じたくはない。感じないために、聖騎士となることを選んだ。
たとえ、一生その大切な人に出会えなかったとしても……それでも、この道を選びたかった。

「てことはなんだ、明日、広場で紹介されるってことか」
 聖騎士として砂漠を守るものは、必ず砂漠の民に紹介される。
朝、広場で行うのが決まりとなっているのだが、
「……ちくしょー、キルガ。お前、絶対明日騒がれるぞ。せめて第二ボタンは守れよ」
「はい?」
 男たちに羨望と同情の目で頷かれ、キルガはわけが分からないなりに頷き返しておいた。


 これが、キルガの聖騎士生活の始まりだったのだが――


   ***


            ――――ざっ!!

「っなぁぁぁぁああっ!?」
「しょ、勝負あり、第七回戦、勝者キルガ!」

 翌日のことである。
 聖騎士となったキルガは、起床予定の時間の二時間前に起き(てしまった)、圧倒的に女性の多い広場で
新たな砂漠の守り手として紹介された。


「ほう。やはり、思った通りだな」
「あの、ハルクさん。あのキルガってやつ……まだ怪我してるんじゃなかったんですか?」
「あぁ、している。だが、槍術を相手にすると、気にならなくなるらしいな。
現に今、休みなしで七人打ち負かしやがった。思った通りだ。あいつは、槍術にかけて天才的だよ」
「ぐぅぅ……完璧すぎますよぅ……いるんですねそういう人」


 なんとなくキルガが気に入ったハルクは、親切にも、聖騎士の生活から、仕事内容、掟、
さらには鍛錬についてまで教えた。
格技場で槍の練習試合をする騎士たちの様子を見せたハルクは、キルガがその時闘っていた二人の動きを
しっかりと観察していることに気付いた。あまりの集中力に、こいつ、ただもんじゃねぇな、と思い、
ハルクはなんとなく声をかける。
「……動きが見極められるのか」
「はい。……この調子だと、今体勢を低くした人の方が勝ちますね」
「同意見だ」
 間違いない、と思った。こいつは実力者だ。それも、相当の。
「……槍は、やったことがあるだろう。お前さんは強そうに見えるが?」
「……どうでしょうか。やってみないことには分かりません」
 自慢も謙遜もしないように、さりげなくキルガは答えた。……が。

「んじゃやってみな」

 というハルクの声で、瞬時に目をしばたたかせる。
「…………は?」
「ちょっくら興味があるんだ。なに、怪我してるやつでも無理がないように、そこそこの実力を持つ奴しかださねぇよ」
『どーだかー? ハルクってこーゆーの悪趣味だから気をつけなよー?』
 ハルクの精霊ミルケ(おそらく女)のいたずらそうな声がする。……確かによく似ている。
 そんなわけでキルガは、ハルクの名指しでいきなり試合に駆り出されたのだが、


「しょ……勝負あり、第八回戦、勝者キルガ!」
 ……ぶっ続けの試合でこんな調子であった。
 大して息の乱れていないキルガに、当然騎士たちは両手を上げて降参せんばかりの視線。いつの間にか
格技場の窓の外で試合を観戦していたダンスホールの女性方々が騒ぐ。
「……よう、どーするキルガ。もうちっと続けるかい?」
「いえ、正直言うと……これで勘弁です」
「まだ戦えることは戦えんだろ?」
「まぁ。ですが、僕は乱入者ですからね。ずっと居座っているわけにもいかないですし」
『まー誠実。ほんと完璧なモテ男ねぇ』
 ミルケの視線が格技場の窓に向いていることは言うまでもない。
「いやな、でも……確かに、パスリィの目に狂いはなかったようだな」
「はい?」
 槍を元の位置にかえし、一礼してからキルガは問い返す。
「聖騎士の素質がある、ってことさ」
「……戦うことが、ですか?」
「あぁ。それ以外に何がある?」
 キルガは首を傾げる。戦うことが……何故?
「聖騎士は……全てを守りにかける、と聞いたので……何か、違うのではないか、と思ったんです」
「ほう」ハルクはニヤリと笑い、
『考えんじゃん、新米くん』ミルケも訳ありな声色で続ける。
 わけが分からなくて話の続きを促すキルガに、ハルクは表情を変えずに、言う。
「お前さんはまだ、聖騎士というものを完全には理解していないようだ。だから、無理はない。
ヒントをやる。だが、答えは教えない。自分で考え……答えが分かった時に、お前さんは本当の聖騎士となる」
「……本当の」キルガは、復唱した。
 ハルクは頷く。そして―― 一言で、言った。



「“攻撃こそ、最大の防御”―――」