ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅳ 封印 】――3―― page1
雨が降る。
悲しみの象徴。
辛さの形。
また一人、町の人間の命が、消えた。
忌まわしき病魔の、犠牲者。
たった一人の、彼女が。
雨が降る。
「エリザが、死んだ……!?」
名もなき王についての資料を取りに戻ってきたルーフィンは、マルヴィナのその言葉を、震える声で復唱した。
マルヴィナもセリアスもシェナも、中でも守護天使キルガも、何度も嘘だとその事実を否定したかった。
……エリザもまた。
病魔の呪いにかかった人間の一人だった。
ずっと黙り続けていた。
ルーフィンの身を案じ続けていた。
病魔を封印しに祠へ向かったルーフィンの安全を、最後まで祈り続けた――
だが、彼女は、もういない。
病魔を封印した時――彼女は、もう。
エリザの葬式は、小雨の降る昼間に行われた。
空は、人の心をうつしていた。晴れない心、流れる涙を。
何故、気付けなかったのだろう。
何故、彼女はこんな時に死んでしまったのだろう。
……何故。どうして。
――後悔だけが、募りゆく。だが、それでも――事実は、変わらない……。
――夜。
(ルーフィン、来なかった……か)
キルガは、悲しみに沈む町を宿屋のベランダから見下ろした。そこから教会が見える。
当然、エリザの真新しい墓も。
ルーフィンはエリザの葬儀に来なかった。
マルヴィナがその[事実]を告げてから、研究室に閉じこもり、一度も出てこない。
(……守れなかった、命――)
「……………………・・」
エリザは。
……エリザは、幸せだっただろうか。
“―守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし―”
かつて守護天使として働いていた時に、宿屋の女将が呟いた、言葉。
幸せとは、一体何なのだろう。
彼女は、幸せを感じていたのか――?
「…………っ?」
と。
キルガは不意に、目をこすってみた。そして、教会――の隣を見る。
守護天使像。どこをどういじってもキルガには似なさそうな守護天使像に、人影が見える。
(エリザ、さん……?)
……キルガは、部屋から出る。
宿屋から教会へ行くのに、長くはかからなかった。
それよりも驚いたのは、守護天使像のところにいたのが一人ではなかった、ということである。
キルガの思惑通り、そこにいた一人目は霊となったエリザだった。すぐそこが墓だったから、おかしくはない。
もう一人は。
「あれっ……キルガ?」
――マルヴィナだった。
「……マルヴィナ?」
見たままのことを尋ね返し、キルガは戸惑う。さっきいたっけ、と考える。
「キルガも来たんだ。わたしもさっき、エリザに気付いてさ。あわてて来た」
……もろ呼び捨てであった。
マルヴィナもキルガと同じように、なんとなく外を眺めていたらしい。ようは、気付く時間の問題であった。
『あ、守護天使様だぁ。やっぱそーだったんですねっ、キルガさん。ちょっと若いから、びっくりしましたよぉ』
霊となってもなお、エリザの笑顔は変わらない。胸につっかえていた不安がその瞬間消えた。
「安心しな。こう見えて290年は生きてるからさ」
「……それはマルヴィナもだ」
歳のことを女性に話すのは禁断行為に等しい(とキルガの師匠ローシャに聞いた)が、
マルヴィナは当然の如くたいして気にしていない。
……マルヴィナがもしシェナだったら即チョップされていただろう、という考えはとりあえず頭の隅っこに流しておく。
「……ま、いいや。キルガ、今からルーフィンを助けに? えーと、会いに行くんだ。来る?」
「え。あ、あぁ……行くよ」
話が早すぎる。だが、キルガは理解する。
エリザの死を受け入れられないルーフィンを、
悲しみに支配された彼の心を、救う。
それは、今、エリザが望んでいることなのだろう、と。
***
エリザに言われた通りの、独特のノックをする。
エリザとルーフィンの、共通のノック。
「エリザ? ……っエリザ!!」
下手するとマルヴィナが顔面をぶつけるほどの勢いで、閉ざされ続けていた研究室の扉が開かれた。
昨日まで一緒にいたルーフィンは、恐ろしくやつれているように見えた。
(……やっぱり、受け入れられずにいる――)
ルーフィンはその目にマルヴィナとキルガの姿(霊となったエリザの姿は、もう見えていない)を確認すると、
悔しげに、憎々しげに、顔を歪める。
「いまのは……あなたの仕業か?」
「………………」
「……っ悪い冗談だ!! もうやめてくれっ……」
キルガは、その言葉に、答える。
「待ってください。エリザさんから、伝言があるんです」
キルガが言ったその言葉は、届いていなかっただろう。強く拒絶される。
「……聞きたくないんだ! 今は……僕は」
キルガの、ルーフィンの腕を掴んだ手が、振り払われた。
く、とキルガが呟き、言葉で引き留めようとしたより早く、マルヴィナが静かな怒りを表した。
「……待ちなさいよ。……それが何より自分を愛してくれた妻への言葉?」
静かな口調の中に隠れた怒りを、ルーフィンも読み取ったのだろうか。一瞬、動きが止まった。
だが、やはり扉を閉めようとする。逃げている。マルヴィナは、勢いよく閉じられかけたその扉に、足を滑り込ませた。
つま先だけが挟まり、マルヴィナはその痛みに顔をしかめたが、足を戻しはしなかった。
そのまま、次第に声を大きくして、マルヴィナは言い続ける。
「自分の事しか見ていなかったくせに、何が聞きたくない、だよ。
エリザが何をアンタに求めたかくらい聞けないなんて、エリザはあんたにとって一体何だったんだ!?」
マルヴィナの声に、住民たちが集まる。
ケンカか? いや、説得じゃないか? あれは、あの旅人さんたちじゃないか……そんな声が聞こえる中で、
マルヴィナはなおも続ける。
「エリザはあんたにこう言った。幸せになってほしいと。そうすれば、自分も幸せだと」
キルガは目を閉じた。幸せ、かつて自分も悩んだ事柄の一つ。
“―どうか幸せになれますように―”
“―守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし―”
そう願う人々に、どんな行動を示せばいいのか。
だが、エリザには、行動で示す必要はなかった。
相手が何を思っていても、
自分に興味を持ってくれなくとも、
彼女にとっては、ルーフィンがそこにいるだけで、幸せだった――
「エリザはあんたのことをずっと見ていた。でもあんたが見ていたのは自分のみ。
エリザの死から、周りから、現実から――結局は逃げてるだけじゃないか! 目の前からっ!」
観客が静まり返る。マルヴィナのつま先がじんじん痛み出す。
「……この町の人たちが、あんたに感謝してること……知ってる?」
ルーフィンの、息をのむ音がした。
「……知らなかったみたいだな。――誰が病気にかかっていたのか……それはわたしらの方が詳しいんじゃないか?」
「…………」
マルヴィナはふっ、と息をつく。くるり、と顔の方向を変え、観客に話しかける。
「みんなは、どうなんだ?わたしの足がこの扉を開けているうちに、言いたいこと、どうぞ。
……つか、痛いから、なるべく早くね」
観客から、小さな笑い声が聞こえる。
「あぁ、マルヴィナさんのいうとおりだ! おれ、先生にすっげぇ感謝してるんだ」
「娘が元気になったの。あのままじゃ、あたしも倒れてたかも……」
「儂ぁ年貢の納め時か思たぞい。生きとんのも、ええもんじゃ思たわい」
「先生、ありがとうっ」
ありがとう、ありがとう、ありがとうございます……周りから、その言葉がルーフィンに向かってゆく。
まぎれもない、感謝の言葉。彼とはもっとも縁のなかっただろう、その言葉が、いくつも。
扉にこめられた力が、緩んでいく。きぃ、と小さく音がした。
マルヴィナはひとまず、空中に浮かせていた足をおろす。
「……どう? 現実、見る気になった? ……現実を見ていなかったあんたは、もう過ぎたころの話。
今から、見てゆけばいい……この、ベクセリアの人たちとさ」
扉は、開いた。ゆっくりと、しっかりと。
「…………マルヴィナさん」
「ん」
ルーフィンの久しぶりの発言に、マルヴィナは一文字で返答する。
「……ありがとうございました」
そこにいたルーフィンは――
笑っていた。
その下、宿屋にて――
シェナとセリアスが、それを見ていた。
「いーこと言うじゃん。マルヴィナ」
「うん。……これでキルガもますます惚れたかなぁ?」
「何の話だ?」

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