ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅠ 予感 】――3―― page1


 深夜――

 マルヴィナは寝台の横の電灯を少しだけつけ、か細い光を頼りに着替えてそっと部屋を出た。
堂々と入口から出るとバレるということは勉強済みだったので、
今度は屋上へ行き、周りを確認し、そこから地面へ飛び降りることにした。
人間界へ落ちてからまだそんなに年月がたっていないのに、自分が天使であることを忘れかけていたマルヴィナだが、
本当にこういう時自分の生まれを嬉しく思う――まぁ、本当に天使なのかどうかは、分からないことではあるが。


 ともかく、屋上に出て、扉を閉める。雪がちらついていた。寒い。
さく、さくと新雪の踏まれる音が響く。
マルヴィナはしっかりと校舎を見つめ、屋上の手すりに手をかけ――

「飛び降りる気か、マルヴィナ?」

「―――――――――――ぃっ!!?」

 だしぬけに声をかけられる。
マルヴィナは慌てふためき手をわたわたと振り髪の毛が自分の顔を叩くほど凄い勢いで振り返り――
そしてそこに飄々とした様子で立っているその人を見てため息をついた。

「キルガ……」

「ごめん、驚かせて」
 いつもの通り、いまいち反省っ気のない声でさらりと言われて、マルヴィナは苦笑を返すしかなかった。
「……また寝られなかったのか?」
「それもあるが……抜け駆けはなしだ、何があるかわからないんだから」
 つまり、心配して来てくれたのである。聞けば、セリアスとシェナはすでに校内にいるらしい。
そんな仲間たちに、マルヴィナはほっと安堵のため息をついた。



「おー。待ちくたびれたぞー」
 校舎屋上。
普段にぎやかな場所が静まり返るのは割と恐ろしく、やや足早にマルヴィナは階段を上った。キルガも後からついてくる。
そしてセリアスの呑気な声を聞き、シェナのいつものくすくす笑いを見て、そして、
「ホント、つくづくお人好しよネ」
 後ろからサンディの声。もう寝ているかと思っていたマルヴィナは驚き、振り返り、その際頭をゴインとぶつけた。
「痛った……」
「サンディ、いつの間に……?」
「イヤてか、今までどこにいたんだ……?」
「サンディちゃんなんかお久ー」
 四者それぞれ反応。……マルヴィナは自分自身に反応したのだが。
「てかこんな時間に外出るとか? マジひじょーしきって感じなんですケド。夜更かしっておハダに悪いのよネ」
「……と言われても」
 マルヴィナはいつものようにフードに入るかと問おうとして、
今は制服を着用しているので(ジャージには着替えなかった)それはできないことを思い出し、返答を曖昧にした。
「あのふりょー、もうすぐ来るっぽいヨ。てか呼ばれたのマルヴィナだけなのにみんな来るってどんだけ!」
 超ウケる、と最後に言って、マルヴィナの肩に乗る。どこから手に入れたその情報、とツッコむ前に、
サンディはそうそう、と付け足した。
「あのルィシアって超ジミなオンナさ、気を付けたほーがいいよ。剣とか凄い強いっぽいし」
「ルィシア……あの、殺気立ってた奴か?」
 セリアスだ。「すっげぇマルヴィナ睨んでた奴」
「せーかい。そいつ。ポニテの。ぜったいキケンだって――あ、来たんじゃネ?」
 言うなり、再びマルヴィナの肩に乗るサンディ。……が、マルヴィナの伸びた髪が当たるのでこそばゆく、
一回くしゃみをしてから避難した。
「おぅ、ちゃんと来てたなー」
 初めて言葉を交わした時よりも友好的に、モザイオは言った。ちゃんと人を認められるところ、
実際そんなに悪いやつではないのかもしれない。
「……なんかほかにもいるっぽいな」
「あぁ。……友達だ」
「ふぅん。ま、いいや。誰かよくわかんねーけど、行くぞ」
 モザイオ側も二人、ついてきている。痩せぎすで歯の少し出ているものと、ガタイは良いがどことなく
気弱そうな顔立ちの、いずれも男である。

 日が間もなく変わる。マルヴィナは、静かな緊張感を覚えた。


   ***


 日付が変わったことを意味する、低い、本当に低い鐘が鳴った。
モザイオはにやりとし、守護天使像に手を伸ばした。

 外の風は冷たかった。それはおそらく雪のせいだけではない。何かが起こる、凶兆のように思えてならなかった。
ぺし、と音を立てて、モザイオは像を叩く。像に刻まれた天使の名はキルガが知っていて、
思った通り彼は珍しく眉をひそめてその行動を不快そうに見ていた。
 三回叩いたのち、モザイオはあえて乱暴に、威張ったように叫ぶ――「出てくんなら出てきやがれ」――
その声に、反応は――あった。怒りに満ちた低い声が彼らに降り注ぐ――

『このような夜更けに、悪戯をしおって』

 マルヴィナが、ひゅっと音を立てて息を吸い込んだ。
三人の不良たち、否、モザイオの後ろに――白く、青く、ゆらり揺れて、現れた影。紅い眸を、憤怒に歪める。
いかなる力が働いてか、その声は不良たちにも聞こえたらしい。震え上がり、モザイオについてきた二人は
焦って足をもつれさせた。
影は―眼鏡に、厳格に締まった顔立ちに、きっちり着こなされたスーツ、見る限り教師であろう―顔を引きつらせて
半歩下がったモザイオに焦点を合わせた。マルヴィナは咄嗟に叫んだ――「危ない!」
 だが、声より先に身体は動かなかった。
「――――――――ぁがっ!!」
 影は消え、代わりにモザイオが呻いた。虚ろになった眼、開かれたままの口。ぐらりと揺れる頭。
予想だにしていなかった状況に、誰ひとり動けない。二人の不良はすでにしりもちをついて後退りしていたし、
その二人に道をふさがれ、マルヴィナ以外三人もその場を動けなかった――
仮にふさがれていなかったにしろ、動けなかっただろう。
 時間を止めた六人の目の前で、モザイオが人並み外れた跳躍で、フェンスの上に立ち、そしてそのまま――

「っ!!」

 そのまま、転落した。

「くっ!」
 それを見てようやく動けるようになったマルヴィナは短く悪態をつくと、躊躇うことなくそのフェンスを越え、
自分も下へ飛び降りる。サンディの抗議の声がキルガたちの耳にも聞こえた。
着地。が、それより先に、モザイオは東へ[人では]あり得ない速さで走って行ってしまう。
「マルヴィナ! ――くそっ!」
 キルガは悪態をつき、来た道を戻る。セリアスも続き、シェナはその前にしりもちをついた不良二人を振り返り、
「そこから動かないかさっさと寮に戻るかしなさい! とにかく追いかけることだけはしないこと!! いいわね!?」
 早口で叫んで、反応も待たずに彼らを追った。


 学院長に頼んで隠してもらっておいた武器や鎧を素早く装着し、三人は外へ出た。二人が向かったのは東だった。
幸い雪が降ったことにより新しく積もったそれには二人分の足跡しかついておらず、向かった場所がすぐに分かる。
だが、その途中で、妙な点に気が付く。……足跡は、三つに増えていた。
誰かいる……? 三人が感じたのは、同じ不吉な予感だった。
 もう、学院の生徒ではない。三人は、数多の修羅場を切り抜けた歴戦の戦士の目をして、足跡を追った。




 モザイオの足跡を頼りにマルヴィナは走り、そして一点に目を止めた。
[ひとり分の]足跡が、そこに向かっている――それは、学院から少々離れた場所、創立者初代エルシオンの墓である。
驚いたことに、その墓は以前見かけたときよりも位置がずれており、しかもその前に地下へと続く階段があったのである。
「……………………」
 マルヴィナは息を吐き、白くなったそれが空気に溶けて見えなくなるのを見てから、眸を険しくした。
 そして、後から仲間が来ることを信じて、ひとりその先へ向かう――



 その彼女を見て、[実態ある影]が、にやりと不敵に笑っていた――……。