ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅢ 聖者 】――2―― page1
「……よく、似ています」
セリアスは、ラスタバに言われた。
「……はい?」
それは、翌日のこと。
驚くことにセリアスはその日、彼にしては早い時間に起きたのである。
目覚めの筋トレも終え、加えてドミールの里を見ておきたくて、セリアスはひとり探検していたのだ。
冒険者の好奇心だ。
朝のいい時間にもなってきたので、セリアスはシェナの様子を確認すべく里長の家を訪問しようとしていた。
そこで、家の前に並ぶ墓に手を合わせるラスタバに、出会ったのだ。
「清涼の朝に、恩寵を。……おはようございます、セリアス殿」
「せいりょ……? ……ええ、オハヨウゴザイマス。……お参りですか」
古めかしい挨拶に慣れず、セリアスは精一杯困惑がばれないように応えた。
「えぇ。いつもは、昼ごろなのですが――シェナさまが無事お戻りになられたことに、感謝申し上げたく」
言ってから、ラスタバはセリアスを見る。「もちろん、あなた方にも」
「いやぁ、俺らのほうが、シェナにお世話になりっぱなしでしたからね。
むしろこっちが、お礼したいくらいですよ」人の好い笑顔。ラスタバは思わず、目を細めて――
気が付いたら、言っていた。
よく似ています、と。
「私には、息子がおりました」
セリアスが話を聞いてくれる体勢だったので、ラスタバは続けた。
セリアスはその言葉が過去形だということに、やや遅れて気付く。
「シェナさまと、大体同じ年でした……少々、息子のほうが年上でしたかな」
遠くを見るように、ラスタバは目を細める。
セリアスは何処を見ていいものかわからず、曖昧に視線を彷徨わせた。
「息子さんに、俺が、似ているんですか」
ラスタバは頷いた。「どこが、と問われると、困るのですが――どこか、重なって見えるのです」
ラスタバは言ってから、セリアスに向き直った。
「いや、失礼。セリアス殿はセリアス殿ですな。勝手なことを申し上げました」
「い、いえ。……続けてください」
なんとなく、その話を聞きたかった。自分に似た少年の話。
つい最近、シェナに言って空回りしたあの冗談。――あの時シェナが、放心したように自分を見ていた理由。
彼女も、重ねたのだろうか。自分と、その少年の、面影を。
「……息子は三百年前――ガナン兵からシェナさまを助けようとして、返り討ちに遭い――
そのまま、息を引き取りました。……あなた方と、同じくらいの歳でした」
ふたたび、ラスタバは遠くを見る。そこに息子が存在するかのように。
「……息子は、子供でした。ですが、それ故に、真っ直ぐだったのかもしれません――
今でも、残っているのです」
ラスタバの視線の先が、変わった。セリアスも、それを追う。 トンネル
その先は――周りと比べるとどこか新しくもみえなくはない、一つの隧道だった。
「あの中に――息子の存在の証が。シェナさまに向けた、最後の伝言が――今も、まだ」
「伝言……」
シェナは起きていた。
「……ディアのこと、訊いたんだ」
「あぁ」セリアスはベッドの横の椅子の上で胡坐をかきながら、頷いた。
「……ごめんね。私も、実は……ちょっとだけ、重ねたこともあるんだ。セリアスと、ディアのこと」
シェナは顔を伏せた。
「凄く、凄く嫌いだった。私の悩んでること、何でもお見通しでさ。凄い不器用だから、それを指摘して、
でもそれ以上のことはできなくて……結局、私、怒ってばっかだった」
「うん」セリアスは相槌をうった。
「……ディアはさ、私を助けようとしてくれた。なのに、私は、何もできなかった。
叫べなかった。ディアを助けてって、叫べなかった。ディアは私のこと想ってくれたのに、
私は、自分可愛さに、何も言えなかった」
シェナは拳を握りしめる。セリアスは、今度は答えなかった。答えられなかった。
……何だろう、この思いは。
表現できるものではない。けれど――分かることは、決して喜ばしい思いではないということ。
「……怖い。……ディアの伝言……知りたいけど、でも、見に行く勇気がない」
「………………・」セリアスは黙った。考えた――そして結局、言った。
「……俺も行こうか」
駄目だ。どこかで、彼自身が言っていた。ついていくな。駄目だ。
けれど、一度言った言葉を撤回する自分は、いなかった。
「……え」
「ほら。勇気がないときは、誰かが近くにいると、安心するだろ」
「………………」シェナは黙った。セリアスの眼を見る。無邪気な、純粋な、
ばかがつくほど正直な眼。――そんなところまで、そっくりだ。
「……うん」
シェナは頷いた。
「うん。……お願い」
・・ トンネル
あの日に丁度出来上がったという、隧道。
自分も携わった、開通作業――けれど、こうして通るのは初めてだ。
足音が響く。大体の中間地点には、酒蔵があった。『竜の火酒』――この里の名産で、毎年の祭りで
解禁される非常に濃い酒だ。
そっか、ここに移されたんだ。……確かに、ここなら日が当たらなくて、良い酒が作れそうだ。
「え……と。ここじゃないか?」
セリアスが指したのは、少々荒い壁のくぼみの一つ。なるほどそこだけ、何かが隠されているように、
盛り上がり、微妙に色の異なった部分があった。
「……うん。多分……」シェナは近づき、それに触れかけて――躊躇う。
セリアスが、大丈夫、というように、後ろから頷いた。
シェナは、決意し、壁に触れる――
「……………………………………っ!!」
……知っていた。
彼は、ディアは、少女が好きだった。
好きだからこそ、彼女の悩みに気付き、励まそうとして、不器用ゆえに失敗して、怒らせていた。
けれど――好きだからこそ、あの日、危険を顧みず、少女を助けようとした。
だから、だからこそ、彼は。
それなのに、私は。
――好きだったからこそ。
ア イ シ テ ル 、 シ ェ ナ
『 無上の恵愛を、貴女に―― 優美なる人へ』
だから、彼は――
そっと、この挨拶を、ここに書いたのだ。
「……う」
シェナはもう、我慢しなかった。
「う、うぅ」
汚れるのもいとわず、膝をつき、その壁に額をこすり付けて。
「う……うぅ、うぁ……」
その双眸から、涙を流して。
「あ、あぁぁぁぁぁぁああっ………………!!」
絞り出すように、小さく、小さく、呟く――……。
「ごめ、ん…………っ…………ごめん、……ディア…………っ!!」
あの日言えなかった、その言葉を。

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