ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人

作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 ⅩⅡ 】   登場人物紹介


 __マルヴィナ__  「……みえているよ。貴女のことは」
   翼無き天使の然闘士。“天性の剣姫”の称号を持つ。
   剣術においては天才的な技術を持つ。
   師であるイザヤールの裏切りから、持ち前の天真爛漫さを次第に失ってゆく。
   だが一方で、少しずつ辛い経験を積み、大人びてゆく。

 __キルガ__     「後悔なんて、誰だってできるだろ」
   翼無き天使の聖騎士。“静寂の守手”の称号を持つ。
   マルヴィナで言う剣のように、天性の槍使いである。
   幼なじみのマルヴィナに好意を持ち、だがその思いに自信が持てないでいる。
   さまざまな人々の教えを一心に受け止め、『聖騎士』として成長してゆく。

 __セリアス__    「……悪いのは、ガナン帝国だ」
   翼無き天使の闘匠。“豪傑の正義”の称号を持つ。
   器用なために、ひときわ重く扱いにくい斧もやすやすと使いこなす。
   仲間思いで、四人の中ではよきムードメーカー的存在。
   箱舟襲撃以来気持ちの乱れ始める仲間を気遣い、これからのことを考える。

 __シェナ__     「大丈夫。……大丈夫」
   自称天使の、世界有数の賢者。“聖邪の司者”の称号を持つ。
   主に弓を使うが、攻撃・回復の呪文ともに優れた才能で援護する。
   ガナン帝国の捕虜であった過去を持ち、ガナンの名を聞くと敏感に反応してしまう節がある。
   次第に落ち着きをなくしていくのは、何か別の大きな秘密を抱えていることを意識し始めたからだろうか。


 __サンディ__
   『謎の乙女』を自称する、天の箱舟運転士をバイトとする妖精。
   やや強引な性格。人間には姿が見えない。
   再び壊れた箱舟を修理する一方で、今回ばかりは相棒にかける言葉が見つからず、
   あえて距離をとってらしくもなく静かに見守ってゆく。

 __ティル__     「ボクもね、余所者なんだ」
   ナザム村、数少ない子供。
   サンマロウから、両親を亡くしたことで親戚の村長の家に引き取られる。
   余所者を嫌う村長に抗議したい一方で、自分の思いが伝わらないことに孤独感を募らせる。

 __村長__      「わかったら、とっとと出て行ってもらおうか」
   ナザム村長。代々、継がれている。
   余所者に対し剣呑な態度をとり、また甥のティルにもいささか冷たく当たる。
   彼が余所者を嫌うのは、何か他に理由がありそうなのだが……

 __スガー__     「あんたなら、大丈夫さ」
   ナザム村で鍛冶と武器屋を営む巨大な男。
   武器に対する目利きが優れている。
   マルヴィナに、彼女の持つ朽ちかけた剣の本当の正体を明かす――

 __ラテーナ__    「同じだからよ。貴女の顔が……あの時の彼とね」
   黒珈琲の髪、青紫の天鵞絨に身を包む、年若き娘の霊。
   ナザムの出身。
   世界各地を回り、誰かを探している。

 __エルギオス__
   イザヤールの師匠、すなわちマルヴィナの大師匠に当たる。
   マルヴィナが天使界に送られる前に人間界へ赴き、それきり帰らなかったという。
   かつて『大いなる天使』と呼ばれていたもの。

 __ルィシア__    「悪いわね。――断るわ!!」
   ガナン帝国騎士、“黒羽の妖剣”。
   マルヴィナ同様、剣の扱いに優れた娘。
   その理由でマルヴィナを追い、またその命を狙う。

 __ハイリー__    「……ごめん」
   ベクセリアで執事の代理を、サンマロウでホテルの従業員を務めた女性。
   隙のない身のこなしがかつて四人に違和感を覚えさせた。
   生き別れた弟を探していたと言うが……




【 ⅩⅡ 孤独 】――1―― page1


 何もない。
 空になったミルクのコップのように、
 空気をなくした風船のように、
 今、わたしの中に、感情というものは、何もない。

 ――落ちて、落ちて……終わったら、わたしは死ぬのだろうか。冗談じゃない。
 こんなことで……こんな時に、こんな形で死んじまう天使なんか。




 ――――――――――――――――――だんっ!!!!





 その村は、人の気がないように見えた。だが、それは間違いである。皆が皆、ある一点に集まっているだけなのである。
 ざわざわと、躊躇いの会話を交わし、きょときょとと、困惑の視線を彷徨わせる。そして、結局は。
目の前の、橋の上で血を流し倒れている、少女から娘へと変わる年ごろを終えたくらいの歳の、
闇髪の娘を見てしまう。
中にはその凝視しがたい血の量に、口元を押さえ嘔吐する者や、
気絶したふりをして目当ての男の腕を狙う若い娘たちまでいた。
 ――ティルは、なんとなく住民たちの集まる個所が気になって、野次馬たちに近づいた。
背の高い大人と、太り気味の大人の腰と腰の隙間から、彼らの視線の先をたどった。

 誰か、倒れている! しかも、血がかなり出ている。今まで見たことがないほど大量のそれに、ティルはぞっとした。
だが、人々を押しのけ、ざわつく住民たちの前で、ティルは娘を恐る恐る、揺すった。動かない。
けれど、息はある。生きてる!
「みんな、この人、すっごい怪我してるけど、生きてるよ! 急いで手当しなくちゃ!」
 だが、少年の呼びかけに、答える者はいない。彼らは、助けようとするティルに冷たいのではない。
助けられる娘に、冷たいのだ。
「……何でみんな見てるだけなのっ!? いいよ、だったらぼくが助けるよッ!!」
 ティルはそう叫ぶと、ぐったりしたままやはり動かない娘に、再び声をかける……。




 ……しゃり……じゃり。
嫌な音が、背後でした。
振り返る。何もない。そう思ったら、今度は正面からその音がした。視線を戻す。何もない。
右から。左から。何もない、何もない。上から? 何もない。下から?
「っ!!」
 彼女の足元を、黒と紫と赤と、それらを汚く混ぜたような色の渦が音を立てていた。ぐしゃり、ぐにょり。
「ひ……っ!!」
 小さく、悲鳴を上げる。逃げようとする、が、足を何かにつかまれる。渦から、触手が生まれ出ている……!
「だっ……」
 誰か、と叫ぼうとした。だが、誰もいない。誰ひとりいない。
必死に抵抗する、だが足を封じられた身体は身動きをうまくとらせない。
額に嫌な汗が流れる、動けない、動けない……!
 と、誰か、人の形となって誰かが彼女の前に現れる。
誰かが、いつしか倒れこんだ彼女を見下ろしている。それは、キルガの形をしていた。
その後ろに、また影が。今度はセリアスだ。だが、その形も、動きはせず、ただ彼女を見下ろすばかり。
シェナの形もいた。同様だ。皆、動けない彼女を見て、それでも何もせずに見下ろすばかり。
と、その足が、反対側を向いた。皆、踵を返し、立ち去ってゆく。渦に引きずり込まれんばかりの彼女を置いて。
「みんな? ……ちょっと、ねぇ、どうしたのッ!?」
 彼女の叫びは届かない、代わりに、機械で変えたような、聞いていて心地よいとは決して言えない声が、あたりに響く。
 まだ信じるのか、奴らを信じるのか。一番信頼していたものに裏切られたばかりだというに!
 彼女は絶句した。身体に込めていた力が抜けてゆく。
 信じて良いのか。信じるのか。奴らは自分をどう思っている? 利用するだけ利用して、捨てる時は捨てるやもしれぬ、
そんな奴らを信じて良いのか……!
 やめろ、彼女は言った。やめて、そんなこと言うな! 声は笑う、一向に止めない。考えろ……考えろ!
お前は本当に、奴らを信じ切れるのか……!

「やめろぉぉぉっ!!」



 最後まで叫ぶことはできただろうか。
渦に呑まれる、呑まれて、そして――あたりが暗くなって――……




 光?
 遠くに、光が見える……。
 ……その光を信じていいの?

 ……疑っちゃだめだ。彼女は、思った。
ここで疑ったら、さっきの声に惑わされていることになる。

 絶対に裏切らない。仲間たちは。キルガや、セリアスや、シェナは。サンディは、絶対に裏切らない。

 ……じゃぁ、何で、師匠は。



 違う。違う――! 何が違う? そうじゃない、そうじゃなくて……!

 光に手を伸ばす、伸ばして、その先に見えたものは……







「あっ、お姉ちゃん、気が付いたんだね? よかったぁ!」

 彼女が、マルヴィナが見たもの。
 それは、見覚えのない古めかしい民家と、十も満たないような歳の少年の、屈託のない笑顔だった。