ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人
作者/漆千音 ◆1OlDeM14xY(元Chess ◆1OlDeM14xY

【 Ⅸ 想見 】――1―― page2
「……久しぶりね、キルガ」
聖騎士団に拾われ、四人が馬車ならぬ 駱駝_ラクダ_ 車に乗らせてもらっているとき、そんな声が聞こえた。
む? と、そろって顔を見合わせる三人の前で、キルガはなんとなく苦々しげな表情となる。
この勝気、あるいは頑固そうな[辛うじて]女性の声で、真っ先に自分に声をかけてくる聖騎士といえば、
一人しかいない。金色、短髪、身長は微妙に低く“さん”を付けるのが嫌いな、聖騎士団の小隊長、
「……パスリィ……」
及び天使界から落ちたキルガを真っ先に見つけた人物、パスリィである。
「何、そのシラケた顔は。……あらら、今回は、やけに大人数じゃない」
四人でか? と反論する気力もあまりない。
「……キルガ。知り合い?」
「……………………まぁ」
微妙に歯切れの悪いキルガに自分を紹介される前に、パスリィはさっさとマルヴィナに自己紹介をする。
「パスリィよ。グビアナ聖騎士団小隊長」
「……・聖騎士[団]なのに小[隊]長なのか……?」何気なくセリアスがぼそりと呟くと。
「…………………………細かいこと気にしてると禿げるわよ」
遠慮容赦ないパスリィのツッコミが返ってきたりする。セリアス、反論できず。
「……僕が天使界から落ちた時に、助けてくれた人なんだ」
キルガはその間に、ぼそりとそう伝えた。
「あぁ、なるほどね。……結構素敵な人じゃない」
シェナがくすりと笑う。「キルガとは相性悪そうだけどね」
「で? まさか聖騎士に戻りに来たの?」
話をさっさと打ち切ると、パスリィはキルガにそう尋ねた。キルガはきっぱりと、「違う」と答える。
「様子を見に来たんだ」
キルガはそう言ってから、それに、と口中で呟いた。
それに――もしかしたら会えるかもしれない、と思ったのだ。
副団長であった―そういえば何故彼は副[団]長なのだろう?―ハルクに。
そして――聖騎士団を追われる前夜に見た、金髪、灰色の瞳の、あの神秘的な女性に。
……彼女を見つけた時、キルガは全身に雷が走ったような、不思議な感触を覚えたのだ。
別に恋心だとか、そういうものではない。ただ、彼女を見た時、キルガは、馬鹿な話だとは思うが――
“もう一人の自分”を端から見ているような、そんな感情を抱いた。容姿はまったく似ていない。
だが……雰囲気が、自分と一致する何かを漂わせていた。
彼女は一体何者なのだろう。それが知りたかったのだ。
「まだ戻って来ない方がいいわよ」
パスリィのその一言に、キルガは意識を取り戻す。相変わらず考え事をすると
周りの世界から意識を途切れさせてしまう。本当は早く直したいのだが、そう簡単にいくものでもない。
「未だ全然女王から寄付金貰えないからね。最近ちょっとは金、できたけどさ。果物売ったおかげで」
ふぅん、と答えようとして。
「「「「……………………………………っ果物っ!?」」」」
見事に四人はハモる。若干幌の中に響き、駱駝が一瞬びくりと動いていた。
……だが。
「はぁ?」
果物ってまさか、これくらい(マルヴィナが両手の人差し指と親指を使って輪を作った)の金色のか、と
身を乗り出して幌から転がり落ちんばかりの勢いで尋ねたマルヴィナに対し、パスリィは気の抜けた声でそう答えた。
「え、……違うのか?」
セリアスもまた、素っ頓狂な声を出す。
「……違うわよ。えーと、なんだっけ? ……あ、そうだ、サンドフルーツ。あれを女王に売ったのよ」
「な、なんだ……」
“サンドフルーツ”なるものを知っているキルガが真っ先に脱力した。何それ? と聞くと、彼は
オアシスにときどき生る美容に良い果実、と簡単に説明してくれた。
はーなるほど、と納得してから……三人も同じように脱力した。
「な、何よ!? 別にあたしはあんたたちを喜ばせるために話してるわけじゃないのよっ!?」
「誰がそんなこと言ったんだ?」
キルガがぼそりと抗議したが、当然パスリィは聞く耳を持っていない。
「第一、話のその果物なら、先にどっかの太った商人が女王にやるとかなんとか言って持って行ったんだし」
「……………………………………」
さすがに次は脱力できる話ではない。
「……え、それ、いつ!?」マルヴィナだ。
「ついさっき。あたしたちが外に出る前よ」
「い、い、急いでっ!!」
マルヴィナの叫び声に、何故か駱駝の歩みは若干早いものとなる。
グビアナの城下町に着く。
急ぎとはいえど礼はきっちりと言ってから、四人は城を目指して走る。まだ昼前だ。
まず間に合わないだろうな、という考えはとりあえず流し、ひたすらに走った――が。
「……・あれ?」
シェナである。走るスピードを緩め、首を伸ばし、横を通り過ぎようとしたマルヴィナのフードをぐいと掴む。
集めた四つの果実は、船の宝物庫の中である。すなわちフードは軽々と引っ張られ、
首を思い切り絞められたマルヴィナは、一瞬カエルが潰れた時のような奇妙な声をあげ、呼吸を停止させた。
「げほっ。な、何すんだシェナっ!?」
「あれってさ」
マルヴィナの文句を完璧にスルーして、シェナは城の陰のヤシの木の根元を指した。
「あれって、果実じゃない?」
問い返し、三人はシェナの指差す先をじいっと見る。「……どこ?」
「走ってた時、一瞬だけ光ったような気がするんだけど……」
埒が明かない。シェナに促され、小走りで問題の位置まで行く。それから最初に声をあげたのはセリアスであった。
「あ、分かったぞ、あれだなっ!」
続いてキルガが、最後にマルヴィナが気付く。
歓声を上げ、スピードを上げ、手に取る。まぎれもない、女神の果実であった。
「よおっしゃあああ! よーやく、すんなり手に入ったなー!」
「ようやくだな。……でも、なんでこんなところにあるんだろ。商人が持っていたんじゃないのか?」
果実をフードの中に入れて、マルヴィナが首を傾げる。
「それもだけど、女神の果実が落ちたのって、そろそろ二年前なんでしょ? 何で今更手に入ったのかしら」
「あぁ、それは多分」キルガが答える。
「ここが砂漠だからじゃないか? 砂煙がたつし広いしで、なかなか見つからなかったとか」
「あー、なるほどね。ま、そういうことにしておきましょうか。……で、何で今はここにあるの?」
ついでにシェナがからかうように尋ねる。当然、
「……そこまでは」
と答える以外に、キルガの回答はなかった。
「ま、そりゃそうよね。……ところで、どうする? このまますぐにここで他の果実を」
探す? そう尋ねようとしたシェナは、マルヴィナとセリアスの視線が別方向に向いていることに気付いた。
「……どうかしたか?」
キルガの問いに、セリアスは「……もうひとつ発見したかと思ったら違った」とやけに長ったらしい説明をする。
「?」今度はシェナたちがマルヴィナの視線先をたどる。
そこには、黄金の、小さなトカゲがいた。
トカゲとセリアスの視線が合った。両者、睨みあう。トカゲが低く身構えれば、セリアスも体勢を若干低くし、
トカゲが首をもたげばセリアスも首を伸ばす。
「……何やってんだセリアス?」
「睨めっこ」
「……………………………………・・子供かお前は」
「天使だ」
「くだらない反論はやめなさい」
ちなみに、今の会話はキルガ、セリアス、マルヴィナ、セリアス、シェナの順である。
「誰かのペットだろうね」キルガが肩をすくめる。
「イモリが!?」
「マルヴィナ、あれ多分ヤモリだと思う」
「………………トカゲだよ、二人とも」
同時に女二人の間に沈黙が落ちる。
「…………一応、飼い主を探すか?」
「……そうね。で――誰か捕まえてくれない? 私虫とトカゲとイモリとヤモリ、苦手なのよ」
「……分かりやすいことで」
少しだけ呆れて、セリアスが苦笑した。睨めっこのついでとして、今度は追いかけっこが始まる。
セリアス、一気に加速。トカゲ、敵(?)の動きに反応。トカゲにして脱兎の勢いで逃げる。
「おぉ、凄いなあのトカゲ。見どころがある。あぁ、今の動き。あれ、今度練習してみようかなぁ」
「……何評価してんのよ……あ、捕まえた」
短い追いかけっこはセリアスの勝利。トカゲは悔しげにじたばたと暴れ、セリアスの小手に爪をガシガシとたてる。
「おい、傷つくだろ。わぁ、こら、やめんかい」
「……かわろうか」
代わりに持とうか、という意味で、キルガはそう尋ねたのだが、セリアスは「いい。この小手気に入ってるし」と
ズレた答えを返した。
トカゲの飼い主は意外なことにあっさりと分かった。
「あれっ? あんたたち」
金色トカゲとともに四人が歩いているときにかかった言葉である。
「はい?」
「そのトカゲ。……やっぱり、ユリシスさまのペットじゃないか」
「ゆりしす?」
マルヴィナが問い返し、声の主であるおばさんは慌てて「わ―――!!」と叫ぶ。
「よ、よ、呼び捨てにするんじゃないよ!! 女王様だよ、女王様!
今のが聞かれたら、あっちゅうまに乞食の仲間入りになっちまうよ!」
「あ、あっちゅうま……?」
マルヴィナが復唱。
「女王のペット……なの? ヤモリが?」
「イヤだからトカゲだって」
「はいはいそーでしたねー」
セリアスの正統なる訂正をあっさり聞き流し、シェナは適当に答えた。
キルガはその様子に吹き出し、笑いをこらえつつ、「城の中に入る必要がありそうだな」と三人に声をかける。
が、三人が答える前に、そのおばさんは「むぅぅ?」とキルガに反応した。
「…………?」
当然、何故そんな反応をされているのか分からないキルガは目をしばたたかせる。
「……あんた。もしかして、キルガかい?」
「………………………………はい?」
思わずマルヴィナが問い返す。
「あんたにゃ聞いてないよ。……そうだろ。大怪我負ってもすぐに回復しちまった強者の」
キルガは今度は苦笑する。そういえば、聖騎士になった時この広場で紹介されたんだっけ、と思い出し、
素直にえぇ、と答えた。
「やーっぱねぇ! あんたほどの美青年が聖騎士になったって聞いたときはもう、そこらじゅうが騒いでたよ!
ほれ、久しぶりに帰ってきたんだ、ちょっくら娘らに顔を見せておやりよ」
「いえ、急ぐので」
キルガはきっぱりと断る。急ぐのもそうなのだが、何より[こういうこと]が苦手なのである。
おばさんの大声に娘たちが集まる前にキルガは礼をし、セリアスが助け舟をだして彼を引っ張ったのであった。

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